第十話☆ヤマアラシのジレンマ
「ヤマアラシのジレンマについて、かぁ」
ぺら。
ページをめくる。
この本は、いろんな解説が書かれているけれど、これを基にして、ぼくの小説がなにか書けないかなぁ、と思っている。
近づきたいのに近づけない。暖め合いたいのに互いのトゲが邪魔をして距離をとってしまう。そんなヤマアラシのこと、なにか書いてみたい。
「おーい!そっち行っていい?」
タイミング悪く、お隣さんが声をかけてきた。
「ごめん!いまはダメ!」
「なあああああんで?」
すんごい怒ってる。
「大事な仕事中!」
「そんなの後でいいじゃない!」
「なんで?」
「私は今すぐそっちへ行きたいのよ!」
あかん。このパターンだと、愚痴大会に突入したがっているぞ。
「ダメ!愚痴は聞かないからね!今忙しいんだよ」
「愚痴じゃないもん!……わあああああああん」
大声で泣き出した。
「わかったよ!来ていいよ」
「本当?」
泣いていたのがぴたっと止まった。わざとか?わざとなんだな?
いつも世話焼いてもらってるから、邪険にできないし、しょうがないだろう。ぼくは本を閉じた。
かちゃかちゃ。
ぼくはキッチンで耐熱ガラス製のポットとカップを取り出した。
「なにそれ?」
お隣さんがぼくの部屋に来て聞いた。
「お茶の道具」
「なんでそんなの引っ張り出すの?」
「買い置きのチーズケーキ、食べる?」
「食べる食べる!」
「用意するから、その辺に座って待ってて」
「はーい」
この部屋で一番居心地のいい場所に陣取るお隣さん。
ぼくはお湯を沸かして、ブルーベリーのジャムと、紅茶と、切り分けたチーズケーキをトレイに乗せて運んだ。
「ヤマアラシのジレンマ?」と、本を開いてお隣さんが聞いた。
「ああそれ?今の課題」
「私たちみたいね!」
「なんで?」
「気づいてないの?」
「?」
「そーゆーところがトゲなのよ」
「なんのこっちゃ」
「早くお茶にしましょう!」
うってかわってすごくごきげんになる。
もぐもぐやっている間、二人は無言で、時間がゆったりと流れてゆく。
「ごちそうさま。また来るわ」
窓から出ていこうとするお隣さん。
「なんか用事じゃなかったの?」
「うん、もういいの」
「そう?」
見送って、汚れた食器を洗って収納すると、ぼくも、もう考えるのがどうでもよくなってソファに埋もれるように座った。