第17話☆記憶の迷路
第17話☆記憶の迷路
「おはよう」
出かけようとして、外の階段にいたら、お隣さんの姿が見えたので、声をかけた。
「……」
「どうしたの?元気ないなぁ」
「思い出したの」
「思い出したって、なにを?」
「昔一緒に暮らしていた人のこと」
お隣さんは今にも泣き出しそうだ。
「あたりまえだって思ってたのに、ある日いなくなった」
ぼくはお隣さんの部屋の前まで歩いて行った。
「どんな人?」
「大人の男の人で、やさしかった」
ぼくは、なぜか胸がもやもやした。ぼくが話を聞くのを切り上げて、さっさと用事を済ませに行ってしまったら?お隣さんは自力で立ち直るだろうか?そして薄情なぼくを嫌いになるかもしれない。
いや……、なぐさめようか?ぼくにだって大事な人が昔いたし。気持ちはわからないではないかもしれないから。
「私のお父さん」
ぼくはそれを聞くと、なぜかもやもやが消えた。なぜだろう?
「大事な人だったんだね?」
「そう。大事だった」
「どうしていなくなっちゃったの?」
「わからない」
「わからない?」
ぼくは首をかしげた。
「記憶が曖昧なの」
「そうか。でも、部分的にでも思い出したんだね?」
「ええ」
そして、ぼくは愕然とする。ぼくの昔大事だった人についての記憶がすっぽぬけていたからだ。
「ごめん。どうやったらその、お父さんのこと思い出せたの?」
「いつものようにお洗濯して、急に立ち上がったらめまいがして、どっといろんな記憶がおしよせてきたの」
「それは、大変だ」
何か、思い出すのに障害があって、それがなにかのきっかけにふいになくなったのか。
「いいことなのかわるいことなのかわからないけれど、その思い出のいいところだけ考えるようにしたら?」
「そうね、やってみる」
お隣さんの部屋の前に小さなベランダ部分があって、そこにおいてあるカウチにお隣さんは横になった。
やがて、微笑みながら、寝息を立て始めた。
ぼくはお隣さんが起きるまで根気強く待った。
「……あれ?私寝てた?」
「うん」
「いけない、洗濯物早く干さなくちゃ」
「思い出したことは?」
「なんのこと?」
「だって、……いや、いい」
「どこかに行くところだったの?それとも私が呼んだの?」
「ああ、用事があって、行く途中だった」
「いってらっしゃい」
お隣さんはにっこり笑った。
「あの、あのね、きみがお父さんのこと思い出したって言ってたから、そのう、泣きそうにしてたから」
「そう。もう、あんまり覚えてないなぁ」
眠っている間にまた忘れちゃったのかな?ぼくはどうしようか悩んだ。追及しない方がいいのかな、と。
「今はあなたがいるものね」
「えっ?」
「お隣さん。いつもありがとう」
「う、うん」
ぼくはなぜかぽうっとなって、お隣さんの微笑みにみとれていた。