夜明けの契約と未来の欠片
初の短編小説です。
夜のコンビニってなんだか素敵ですよね。
自分の地元は田舎なので尚更。
夜勤バイトのおねーちゃんの名前はユナです。
可愛がってあげてください。
「おねーちゃん、お酒くさいよ」
チビガキが、鼻をつまんで言った。
「うるさい。言われなくても分かってんの。」
私は缶チューハイをぶら下げて、コンビニの裏口に腰を下ろした。制服のスカートがアスファルトにくっついて、じわっと冷たい。
でもそれも、ちょっと心地よかった。
ガキの名前はリクって言うらしい。
幼稚園児で年齢は5歳か6歳…ぐらいだと思う。
両親のケンカがひどくて、夜になると家から脱走してこのコンビニに来る。私のバイト先。
夜勤の暇つぶし相手になるし、怖いもの知らずでなんたって可愛い。
「おねーちゃん、またケンカしたの?」
「してねーよ。してないけど…もうウチの子じゃないって言われた。あのクソ親父に。」
私は家族とは仲がいい。
前まではそう思っていた。
*
中学までは、親の言うとおりにちゃんとやってきた。テストでは毎回上位。通知表は5段階評価の5でほとんど埋まっていたし、先生からの評価も高かった。
親戚たちの集まりでも「うちの子が一番」と言われて、誉められることが当たり前だった。
その度に誇らしそうにしているお母さんをみて、私は嬉しかった。
一人っ子だったし、たくさん愛情は注がれてきた…
と思う。
でも、その裏ではずっと張りつめてた。苦手な科目のテストで平均点よりもずっと高い80点を取っても、
「どうして90点じゃないの?」
と聞かれた。
その返答には『ごめんなさい』しか求められていなかった。
勉強のために部活を休みたいと言えば、
「甘えたことを言わないの。」
と返された。
仲いい友達が引っ越すからお別れ会をしたいと言った時も、塾と習い事を優先された。
『勉強をしていれば間違いない』
『ちゃんとしてれば将来困らない』
そう言われて育ったのに、高校に入ってふと、自分の中身が空っぽなことに気づいた。
——勉強以外、何も自分で決めてきてなかった。
高校に入ってすぐのテストで大コケした。
それだけのことだった。
でも、それをきっかけに自分の中でなにかの糸がプツンと切れた。
お母さんは
「何があったの?」
「なんで前みたいにできない?」
って詰め寄ってきた。
「もう無理、期待しないで…」
って泣きながら言ったら、
「そんな弱音吐く子じゃなかったでしょ。」
って突き放された。
そこから、家に居場所がなくなった。
無理してたんだって、誰かに気づいてもらって、少しでいいから慰めてほしかっただけだったのに。
夜勤バイトを始めたのは、家に帰りたくなかったから。それだけ。
でも、制服でチューハイ飲みながら、ガキと話してる時間のほうが、家にいる時よりずっと“私”でいられたんだ。
*
『あのクソ親父に。』
そう口にしたことに気づき、すぐに後悔した。
ガキに向かってクソとか言うなよな、私。
でもリクは、別に気にしてない顔だった。
むしろ、ニヤっと笑って
「じゃあ、おねーちゃんもおうちからにげてきたんだ!」
って言ってきた。
「は? 私は逃げてきたんじゃなくて、外で飲んでただけ。」
「でも、まだオトナじゃないでしょ?」
「うっせ。チクったら怒るかんな。」
「こわ〜い…でもおねーちゃん、泣いてるよ。」
その言葉に、背中を指でなぞられたように、背筋がゾクッとした。思わず、袖で顔をこすった。
…ああ、ほんとだ。涙。いつのまに…
「リク、さっさと帰れ。こんな夜中にガキがウロウロしてんじゃねーよ。」
「やだ。おねーちゃんが怒ってるとこ、まだ見てたい」
こいつ、ドMか?
それとも、私が知らない”何か”を知ってるのか。
このコンビニの裏には、星も月も見えない。街灯と自販機の明かりだけ。リクは、その自販機の前で正座を始めた。しかもなぜか拝んでる。
「なにやってんの?」
「星が出ますように!っておねがいしてるの。そしたら、おねーちゃんが元気になるかなって!」
私は思わず笑ってしまった。
「アホかよ。自販機は神様じゃねーぞ。」
「でも、光ってるし、きっと神様だよ。」
そう言ってリクは、パンパンと小さく手をたたいた。
あれ、私、涙止まってる…
バイトの時間までは、あと30分。こんな時間に出歩いてるガキも、制服姿で缶チューハイ片手に座ってる私も、きっとどっちもろくでもない。でもさ、
「リク、どうせならさ。神様にもう一個、お願いしといてよ。」
「なあに?」
「明日、バイトサボれますように!って。」
「えー、サボるのはダメでしょー!」
でも、リクはまたパンパンと手をたたいた。
その音が、なんか、すごく優しかった。
*
バイト中、ずっとリクのことが気になってた。
…あのまま、家に帰ったのかな。
途中で誰かに捕まってないよな。
私はレジに立ちながら考えていた。
客のいない時間に缶の並びを直したり、弁当の賞味期限をチェックしたり、暇つぶしに追われた。でも、なにをしても手が止まるたびに思い出すのは、あのガキの顔。
「…ったく、あいつ何者なんだよ」
私はうんざりしながら、カップ麺の棚を拭いた。
背中のほうで、カラン、とベルの音がした。
夜中の3時。入ってきたのは、だらしなく髪がボサボサの、スリッパ姿の男だった。目がすわってる。
ヤベー人なのは誰から見ても分かる。
「おい、そこのねーちゃん」
「いらっしゃいませ〜…」
「さっきここでガキ見なかったか? 5歳くらいの、青いポーチつけたちびすけ。」
「…いや、知らないっすね。」
私は、わざと低い声で言った。
「チッ、んだよ…」
男は、舌打ちをしてコンビニを出ていった。
外に出るまで、ずっと私のこと睨んでた。
——あいつが、リクの父親か。
私は無意識に、拳を握りしめていた。
「ふざけんなよ、クソ親父…」
自分の父親と照らし合わせていた部分もあると思う。ただ、ひたすらに腹が立った。
でも、なにもできない。私はただの女子高生で、未成年で、夜中にチューハイ飲んでるだけの夜勤バイト。
正義なんか振りかざせない。
殴られたら終わり。やられ損。
でも…
「だからって、見捨てるのも違うだろ…」
*
バイトが終わった午前5時。
私はリクを探しに行った。
最初に向かったのは、自販機。
だけど、そこには誰もいなかった。
次に向かった池の周りにも誰もいない。
水面は風に揺れて、静かに音を立てた。
「リク……どこ……」
池の近くの藪の奥、遊歩道の影、小さな橋の下。
ありとあらゆる可能性を疑って、声を押し殺して探す。
近くの公園にも足を運ぶ。
ブランコの鎖がカランカランと揺れている。
けれど、そこには誰もいない。
焦りだけが胸に溜まっていく。足音だけが響く夜の景色の中で、私はひとりぼっちだった。
最後の頼みの綱である、ビルの裏。
段ボールがいっぱい積んであって、捨て猫がたまにいる場所だ。
ここでリクと猫の世話をしては色んな話したっけな…
半ば諦めた様な気持ちでダンボールをそっと覗いてみる。
「っ…リク!!!」
リクは段ボールの中、猫と一緒に寝てた。
「……お前、ほんと、小動物かよ、」
さっきと違って私は自分の意思で泣いていた。
小声でつぶやいて、私はリクの頭を撫でた。
リクは目を開けて、眠そうにこっちを見た。
「……おねーちゃん。来てくれたの?」
「当たり前だろ…」
私は自分の制服のジャケットを脱いで、リクにかけた。
「あったかい…」
「そのかわり、お願いあるんだ。今日だけでもさ、お前の家じゃないところ、行けないかな?」
「…なんで?」
「お前の父ちゃん、さっきコンビニに来た。目がヤバかった。…危ないよ」
リクは少し考えてから、頷いた。
「おねーちゃんのいえ、いってもいい?」
「…親いねーけど、それでよければ。」
*
部屋に帰ったあと、私はシャワーを浴びて、リクをベッドに寝かせた。
幼稚園の制服のまま眠るリク。
私の布団で、すやすや寝てる。
ぬいぐるみみたいだった。
私はふと自分のスマホを見た。
画面には、母親からのLINEが3件。
『お金、明日までに』
『また夜遊び?』
『家に帰ってこないならもう、家族じゃないよ。』
未読のまま、画面を消した。
リクと同じじゃん、私も。
帰る家なんか、どこにもなかったんだ。
「…でもさ」
小さくつぶやいた。
「一緒にいれば、ちょっとだけ、マシかもね」
リクの髪をそっと撫でた。
そのとき、窓の外に、ほんの少しだけ星が見えた。
都会の空に、一個だけの星。
——ガキの願い、叶っちまったのかもな。
私は笑った。
ほんの少し、泣きながら。
短編いかがだったでしょうか!
連載作品もまだ1話しかできてないのに短編書くなんて、けしからん!と思われるかもしれないですが…
許してください!!!!
小説書くの楽しくって仕方なくて…
思いついた作品はすぐに書き上げたいんです!
…短編が好評でしたら今後も続けようと思います。
感想やレビューの方もお待ちしております!
ではまた次回で!