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透き通った張り詰めた冷気が肌を刺激する時期だった。スミイレ地区という街に1人の男が目的地をその場所に定めて、電車で到着した。午前9時46分…。スッキリとアイロンをかけたズボンと、上質な外套と一目で分かる上着を着たオリーブ色の眼をキラキラと輝かせている若い男は、隣にいる小男リャブツキーに言った。
「ここが、あのお方が話していた街スミイレかあ!この透き通った冷たい空気と、地面を歩くたびにコツコツとなる石畳が何とも趣のあるひとときを味あわせてくれるね。日頃の身も心も焼けただれるような場所に身を置いていると、1分後にはダラダラと汗が噴き出してどんどん醜悪な姿に変化するからね。この場所はそんな地獄とは大違いの天国のような場所だ!」
リャブツキーは思った。それはお前が年がら年中熱い場所で自分のやるべきことをし続けているから、体がその環境に慣れきってるから思うことだろうと。毎日、溶岩溢れる地獄の深い崖の下で罪を償う人々の監視役をやっていれば誰でも汗をだらだらかくだろう。それをかかなければ、それは最上級の悪魔に違いない。
目の前の若い男…、レフスキーは悪魔であった。
彼の悪魔等級は5でそこそこの位がある悪魔だが、最上級には程遠い。年齢は1509歳。まだまだなりたての悪魔である。悪魔も人間と似たようなもので、階級があるがレフスキーは生まれがよかったもので、知識ある悪魔として認識されていた。悪魔は人間のような姿をしていて、唯一違うのはなにも食べなくても生きていけることと生殖能力がないという点だった。レフスキーは人間のように食を愛し、美を愛している欲のある悪魔だが、唯一嫌いなものはカエルというよくわからない嗜好をしていた…。
人間が住んでいる地球は、明らかに楽園で、住みやすい。地獄はいつまでも炎熱地獄で、悪魔も人間も同様に汗をかいてしまう。悪魔のほうが優位な立場にいるのは、彼らは水をいつも飲みたいときに飲めるという状態だったことだ。
レフスキーの言ったあのお方とは、神を越えようとしたが、奈落の底へ落とされてしまった堕天使ルシフェルという魔王だった。彼は幾度も神側に反乱を起こしているが、鎮圧されることの繰り返しで日々苛立っていた。出来の悪い悪魔を処刑することもある。そんな上の人間をもつレフスキーはなんとか彼の好意を受けて、延命を続けている。レフスキーはそんな魔王から長い休暇をもらい、スミイレという冷たい街でお供を二人連れ旅行を勧められたのだった。