まあ良いじゃないって言われ続けた私
新作.いくつか投稿しましたそちらもぜひ
私に取って「まあいいじゃない」と言う言葉は呪いだ。
私はこの家の「姉」として生まれた。だが、姉として扱われたことはほとんどない。
母は私を産んですぐに亡くなり、父は程なくして元々愛人だった女を新しい妻に迎えた。その義母は自分の娘――私の義妹――を溺愛して育て、家族の中心に据えた。だから生まれて物心ついた頃には、私はこの家での居場所なんてなかった。
義妹の名前はカレン。歳は私の一つ下だ。カレンは幼い頃からよく私の部屋に来て、私の大事なものを次々と奪っていった。お気に入りのぬいぐるみ、誕生日に父からもらった絵本、母の形見の小さな銀のペンダント――どれも「まあいいじゃない」の一言で持っていかれた。
「まあいいじゃない、お姉さま。私が使った方が似合うわ」
彼女のその笑顔と、周囲の大人たちの無関心な態度は、私に逆らう気力すら奪った。
◇
カレンの「まあいいじゃない」が通用しなかったことは一度もない。彼女の言葉には何か魔法のような力があり、それに対して否定するのは大人気ないことだと言われるような雰囲気があった。幼い私には、周囲のその空気がどれほど残酷なものかを理解する術がなかった。
「あのお城の模型、カレンが気に入ってるみたいだよ。お姉ちゃんだろ、譲ってあげなさい」
父がそう言ったとき、私は模型を手放した。涙を堪えながら。
カレンは私から奪うことに何の罪悪感も感じていないようだった。それどころか、私が大事にしているものを「羨ましい」と思っていることさえ楽しんでいるようだった。
「お姉さま、悲しそうな顔してるわね。でもまあいいじゃない。そんな顔も、きっと大人っぽく見えるわ」
私は彼女の笑顔を見て、黙り込むことしかできなかった。
◇
歳を重ねるにつれ、私の心の中で「まあいいじゃない」が鋭い棘のように突き刺さり、傷跡を増やしていった。カレンは私の部屋だけでなく、私の世界そのものに足を踏み入れ、壊していくようだった。
私は勉強が得意だった。家庭教師が「この成績なら将来が楽しみだ」と褒めてくれたこともある。だが、カレンが「私もお姉さまみたいに賢くなりたいわ」と言った途端、義母が私にこう告げた。
「カレンがついていけるように少しペースを落としなさい。それが姉の務めよ」
ペースを落とすどころか、家庭教師の指導そのものがカレン中心に変わった。それでも私は黙って従った。だが、心の中で何かが静かに音を立てて崩れていくのを感じていた。
◇
そしてある日、私は気づいた。
私はこの家で、奪われ続けるために存在しているのだと。
その日、カレンは私の母の形見であるペンダントを手に取ってこう言った。
「これ、私がつけてもいいかしら?まあいいでしょ?」
私はそれを見て、カレンに微笑みかけた。そしてこう言った。
「ええ、いいわ」
それは、私の最後の妥協だった。
その夜、私は部屋に戻り、必要最低限のものをまとめた。服と本、それから実際には見たことのない母の写真。すべてカレンに奪われてしまう前に、私はここを出ることを決めたのだ。
「もう何も奪わせない」
翌朝、家を出る私に父も義母もカレンも何も言わなかった。むしろ、いなくなったことで喜んでいるようにさえ見えた。だが、それでいいのだ。結局この家では私は存在する価値なんてものは無かったのだろう。
それからさらに10年。私は今、この街で評判の高い商人として生きている。店には毎日多くの客が訪れ、少しずつだが自分の居場所を築き上げてきた。
そんなある日、店の前にボロボロの姿をした女性が立っていた。
それは――義妹のカレンだった。
彼女はかつての全ては自分のためにあるみたいな輝きがすっかり失われ、疲れ切った様子で私を見上げていた。
「お姉さま…久しぶり、お金を貸して欲しいの」
話を聞けば、伯爵家のお坊ちゃんと結婚したは良いもののギャンブル趣味だったらしく夫がとんでもない借金を抱え、家が没落したという。
しかもその夫は愛人を連れて夜逃げしたらしい。かつて家族から愛され、何でも手に入れられた彼女が、今は全てを失い私を頼ってきたと言うのだ。
「十年ぶりに会って最初の一言目がそれかしら」
私は眉を顰めて言った。
「まあいいじゃない、お姉さま。私を助けてよ」
彼女は昔と変わらない笑顔でそう言った。だが、その言葉に昔のような力はなかった。
私は黙って彼女を見つめた。幼い頃、奪われ続けた記憶が次々とよみがえる。カレンの「まあいいじゃない」が、どれだけ私を傷つけてきたか。
「……まあいいじゃない、か」
私は口元に笑みを浮かべてそう呟いた。そして、彼女の手をそっと取りながら、こう告げた。
「貴方に貸せるお金なんて一切ないわ帰って」
「お姉さまが商人になってお金持ちになったことは知ってますわ!嘘をつかないでください」
「ええ、お金はあるわ。だけどね、今のあなたに与えられるものは、何もない」
カレンの目が見開かれる。私は優しく、けれど決して譲らない声で続けた。
「自分の手で奪うことしか知らない人に、助けてなんて言われても、それは本当の救いじゃない。カレン、あなたはこれから、自分の力で立ち上がる方法を学ぶべきよ。
奪うことしかできないならのたれ死んでもまあ良いんじゃない?」
カレンは何も言わなかった。ただ、その場でしばらく呆然としていた。そして、静かに立ち上がり、ふらふらと店を後にした。
私はその背中を見送りながら、どこかすっきりとした気持ちを覚えていた。
「まあいいじゃない」という言葉に、私はもう縛られない。そして、私の人生はもう誰にも奪われることはない――。
そう考えると空は澄み渡っていた。
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