親子としては歪な関係
ハカセだって本当は自分のことくらいは自分でできるんですけど、研究に夢中になると食事も忘れるしお風呂も入らなくなるし研究室で椅子に座ったまま気絶するみたいに寝てることもあります。発明が結果を出さなかったらただの<だらしない人><ものぐさな人>ですよね。
だからこそルリアが亡くなってからはミコナを一番に考えることでミコナの生活に合わせることで自分もなるべく人間らしい生活をと心掛けていただけです。それがなかったらきっとミコナにも信頼してもらえてなかった。
『私が面倒見てあげないとパパはダメなんだから』
みたいには思ってもらえてたかもしれませんけど、それって親子としては歪な関係じゃないでしょうか? 親が子供に面倒を見てもらってるってなんのための大人なんでしょう。
それじゃダメだとハカセも考えていただけですね。
ミコナが今のミコナに育ったのは偶然でもたまたまでもありません。ルリアとハカセを見て育ったからです。ルリアとハカセが自分に対してしてくれていることを真似して学んで育ってきたから今のミコナになれたんです。
ルリアもハカセもミコナのことを決して侮ったりしませんでした。『子供だからそんなこと分かるわけない』『どうせこんなことすぐに忘れる』と侮って彼女の前で狡いことや卑怯なことをしないようにしてたんです。そしてミコナはそれを無意識のレベルで覚えてます。ルリアもハカセも狡いことをしたり他の人を馬鹿にしたり蔑んだりしませんでした。もちろんミコナに対してもです。
だからミコナはそういうのを学びようがなかった。子供らしい我儘とかは確かにありましたけど、彼女の我儘に対してもルリアもハカセもすごく丁寧に向かい合ってくれました。
それは決してミコナの言いなりになっていたというのではありません。
『子供の言葉に耳を傾ける』
みたいに言うと、
『子供の言いなりになる』
みたいに解釈する人もいるでしょうけど、それはつまり、
『他の人の言葉に耳を傾ける』
というのを『言いなりになる』と考えてるということですか?
『言葉に耳を傾ける』というのと『言いなりになる』というのは違うはずなんですが。
その違いが分かっているなら『子供の言葉に耳を傾ける』ということの意味も分かりませんか?
ルリアとハカセはそれが分かっていたからそんなに不安もありませんでした。不安があるとしたら自分達がそれをちゃんと実行できるかどうかということだけです。
でもそれも本当はそんなに深刻になる必要はないはずなんです。だって人間なんだから完璧にできるはずがないんです。何でも完璧にできる必要はないんです。失敗した時にはその失敗を受け止めて次に活かす姿勢を示していけばそれでよかったんです。
それ自体が手本になるんですから。




