何かが動く気配
一時貯水槽の設置は、住宅の建設が決まれば行政が行うものであり、管理も行政が行います。一ヶ月に一度、清掃に来るんです。数日後にも来る予定でした。なので泥とかゴミとかもそんなに溜まっていなくて、ただ濡れてるだけです。そこにもぞもぞと何かが動く気配。
基本的には完全な闇です。普通の人間の目では何も見えないでしょう。だけどかぷせるあにまるであるフカには、ぼんやりと見えてしまいます。
「……亀……か?」
フカがそう呟きます。確かにそれは亀でした。だけどいったいどこから……?
下水道へとつながるパイプは、雨樋から雨水をここへと導くパイプよりも細くて、しかも落ち葉などでつまらないようにカゴ状の網がかぶさっています。だから下水道から何かが上がってくるのは、精々、小さな虫くらいのものでした。
なのにその亀は、そこにいたんです。
「亀だ。雨水一次貯留槽に亀がいる!」
パイプを伝って雨樋のところまで戻ったフカが、庭掃除をしていたカリナにそう告げました。
「え……? カメって、あの亀ですか……?」
さすがにカリナもすぐにはピンと来なくて問い返してしまいます。
「そうだ! その亀だ! オレにもなんか分からんがとにかく亀がいるんだ!」
「確かに、亀だね……」
ハカセが用意してくれたライト付き小型カメラを持って再び貯水槽にもぐったフカが亀の姿を捉えると、リビングでモニターを見ていたハカセが呟きます。
「でもなんで亀?」
とウル。
「どっから来たんでっしゃろ?」
とティーさん。
「謎だな! 奇っ怪な!」
とオウ。
「こんな真っ暗なとこに一人とか可哀想。早く出してあげて」
とガー。
「それにしてもホントにどこから来たんだろうね?」
とルリア。
「出してあげられないの? お父さん」
最後にミコナが尋ねます。
しかし、雨水一時貯水槽は行政が管理している物のため、いくら自分の敷地内にあるものだとしても勝手に開けることはできません。メンテナンス用の出入り口を開ける鍵がないんです。なのでまず行政に電話をします。
「亀、ですか?」
「はい、亀です」
「どうして亀が?」
「それがこちらにも分からないんです。いつ入り込んだのかも。雨樋から貯水槽に続くパイプを掃除していて、今日気付いたところなので」
「え…と、そちらのお宅につきましては三日後にメンテナンスに入る予定になっておりますので、それまでお待ち願えますでしょうか」
「三日後、ですか…?」
「はい対応できるのが、それが一番早いタイミングですね」
正直、木で鼻をくくったような対応でしたが、行政というものはこういうものでしょう。全体の対応をしなければいけないので個人を優先するのは難しいのです。
「まあ、仕方ないか」
そう言ったハカセに、
「そんな…」
ミコナは悲しげに声を上げたのでした。