子供として親と出会う
『人は出会いによって変わる』
『人は出会いによって影響を受ける』
そんな風に言われますしそれは事実ですよね。そうでなければ、ルイネとエンファも今みたいになってなかったはずですし、タムテルもサンギータもヴァドヤもフカやティーさんやガーに出会ってなければ以前のままだったでしょう。それどころかもっと良くない状況になっていたかも。
それから、
『子供として親と出会う』
というのも確かに<出会い>なんです。それが出会いじゃなかったらなんだと言うんでしょう?
そしてミコナはルリアやハカセと出逢ってたくさんたくさん影響を受けてきました。ルリアやハカセと出逢ってなかったらミコナも今のミコナじゃなかったはずです。
『同じ親に育てられてるのに兄弟姉妹で性格が違ったりする』
のは、確かに生まれつきの性格の影響もあるのかもしれませんけど、子供全員にまったく同じ接し方なんてできていないはずですよね。その差を考えないといけません。
『同じ親に育てられてるのに兄弟姉妹で性格が違ったりする』
これは冷静に考えたら当然のはずです。だって、
『完璧に全員に全く同じ接し方をする』
なんてことは人間には不可能ですから。だってそうでしょう? 第一子と第二子とでは経験にもう差が出ています。だからその分だけ第一子と接し方が変化しているのがむしろ普通ですよね? しかも第二子が生まれると第一子を育てている時とは状況も大きく変わっています。
『第二子がいなかった』ことで第一子にだけ集中していられたのが、第一子と第二子に意識を振り分けないといけないんです。これでもう。どちらにとっても、
『自分だけを見ててもらえない』
わけです。これで第一子を育てていた時と第二子を育てている時とで全く同じ接し方をすることは不可能だと分かります。そこに<生まれつきの性格>が加わることでますます『同じ育て方なんてできない』ですよね。
『全員、同じように育てた』
そんな風に口にする人もいますけど、<生まれつきの性格>というものがあるのでしたら逆に同じように育てちゃダメなんじゃないでしょうか。生まれつきの性格が違うのに同じように育てるから上手くいかなかったりするんじゃないでしょうか。
普通に考えるとそうじゃないですか?
人間はテレビやスマホじゃないんですから、個体差が必ずあります。その個体差を考慮に入れないで同じように育てるというのは、おかしくないですか?
人間に個体差がないのならみんなルリアやハカセと同じことができないとおかしいですよね。だけど実際にはタムテルやサンギータの親のような人はいます。だから『同じように育てた』というのは『それぞれの子供のことを考えないで手抜きをした』と言ってるのと同じじゃないでしょうか。
ルリアとハカセはミコナしかいないですけど、そういうところも分かっていたのでした。




