大叔母樣もこんな気持ちなのかも
ウルとティーさんのやり取りを見て、ルリアは安心したように微笑みます。そして思うのです。
『ああ……大叔母樣もこんな気持ちなのかもしれない 』
と。
思わぬ形で今の自分になったとしてもそれ自体を不幸だと思っていなければ、不幸だと感じていなければ、それは不幸ではないんでしょう。もちろんそう思い込まされている場合もあるでしょうから一概には言えないというのも事実でしょうけど。
それでも傍目に見てもセイラ自身が無理をしていたり辛いのを我慢していたりという風には確かに感じ取れないんです。ウルやティーさんやガーが思いがけずかぷせるあにまるとしての生を受けた姿が決して不幸そうには見えないのと同じで。
だから微笑ましいと思える。思えるんですけどその一方で……という複雑な気持ちですね。あまり考えすぎても仕方ないのは分かるんですが、人の心って複雑ですから。
セイラの大叔母樣ともたくさんお話ができていろいろ大切なことを確認できたミコナ達は、意気揚々と家に帰りました。
翌日はまたいつも通りの一日が始まり、放課後になるとティーさんとフカがミコナやタムテルを迎えに行くために家を出ます。
「今日は犬とかカラスとかに攫われんじゃねーぞ」
フカが言うと、
「分かってまんがな」
ティーさんは苦笑いで応えます。とりあえず無事に学校には着けてティーさんはミコナやサンギータと合流。フカはタムテルと合流して下校。ミコナはティーさんに任せてフカはタムテルを送ります。
でも今日は以前立ち寄っていたのとは別の公園に寄りました。というのもタムテルは公園にいるいろんな生き物を観察するようになっていたからです。フカと一緒に公園で過ごして色々な生き物に触れるうちに興味が芽生えていったようです。
以前はアリにたくさん意地悪をしたタムテルでしたけど、そんな彼の意地悪をものともせずたくましく生きるアリの姿に彼自身が感心させられたというのがあるんです。
そして自分に意地悪されているアリの姿を見て、そこに母親に意地悪されている自分の姿を見てしまった。それに気付くともう、意地悪できなくなってしまったんです。自分がされて嫌だったことを自分以外の誰かにするのはひどいことだと思えてしまって。でもそれは、タムテル自身が自分のことを大切にしてもらえたから。大切にしてもらえた実感があったから気持ちに余裕ができたというのがあるでしょうね。
タムテルはたくさんつらい思いもしてきました。だけどそれだけだったら誰かに優しくなんてできなかったでしょう。フカに受け止めてもらえたからフカにしてもらえたことができるようになった。
そういうことなんです。




