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全失皇女の亡命譚  作者: しらさわ
第1部 全失皇女の亡命譚
6/48

敗者復活戦

 なんとか氷柱を脇腹から引き抜いたカリラは、よろめきながらも立ち上がった。

 水色の服の生地には傷口を中心に血が滲んでいる。


「ワレーシャ、こっちを向けぇ!!」


 カリラは槍を手に、挑発しながら走り始める。

 だが足を踏み出すたびに強烈な痛みに襲われる。


「グゥ、あぐ……」


 カリラは二、三歩進んだだけで、傷口を手で抑えて立ち止まってしまった。

 ワレーシャはくるりと振り返る。


「武芸大会は閉会ですわ。二連覇とはいきませんでしたわね」


 ワレーシャはカリラに向かって一条の電撃を放つ。


「ギィア!」


 避けることもできず、カリラは電流をもろに食らう。

 カリラが、ついに背中をついて倒れる。


「グホッ! ゲホッ!」


 カリラは仰向けに倒れたまま、咳き込む。

 口元から血が僅かに吹き出す。

 カマイタチがその手から消滅する。

 ワレーシャは満足げに、フィーコ達のいる方へと視線を戻す。


「さて、背後の憂いもなくな……!?」


 ワレーシャの目に入ったのは、ドスドスと突進してくる扉だった。

 すぐにそれが扉ではなく、ちょうど人間が収まる程度の大きさの石の盾だと理解する。


「死罪で済むと思うなよ! 小娘!」

「あれだけの電流を受けてまだ動くかこの男! 本当にユピテルとの契約切れてますの!?」


 ワレーシャはガルドの盾に向かって電撃を放つが、石の盾は電撃を弾く。

 ワレーシャはすかさず、氷の絨毯を足元からガルドに向かって伸ばす。

 だが氷がガルドの足元に達する直前で、ガルドは盾を構えたまま大きく跳躍する。

 ワレーシャにも届かん距離だ


「うぐッ!」


 左足首に激痛が走る。

 見ると矢が貫通している。

 後方では、上体だけ起こしたカリラがボウガンを構えていた。


「まだ残ってんだけど……敗者復活戦」

「この死に損ゲブゥ!」


 毒づこうとしたワレーシャに、ガルドが盾ごとのしかかる。


「ぐあっうっ!!」


 盾の下敷きになったワレーシャは苦悶の叫びを上げる。


「年貢の納め時だ、小娘!!」


 盾の上から馬乗りになったガルドが、ワレーシャの顔面に殴りかかる。

 その手は石のグローブで覆われている。


「させるものですか!」


 ワレーシャが氷の盾を頬に作ると、ガルドの拳がそこに炸裂する。

 氷は砕けるが、それでも拳はワレーシャに届かない。


「我が執念に敵うものですか! 敵ってはならない!」


 ワレーシャは、盾の下から辛うじて出ている右手の平から、伸び切ったガルドの腕に向かって、電撃を発する。

 電撃が、ガルドの体ごと包み込む。


「グオオオオオオオ!!!」


 ガルドの咆哮が、ドームに響き渡った。





「できました、パスが! これで逃げられます!」


 詠唱を終えたフィーコが言う。

 戦況を見守っていたピスケは、フィーコの目を見るとしっかりと頷く。


「まずはお前だけ逃げろ」

「ではお父様も……あっ!?」


 フィーコの視線の先には、ワレーシャの電撃に覆われたガルドの姿があった。


「ウオオオオオオ!!」

「お父様! お父様が!!」


 フィーコはガルドのもとに駆け寄ろうとする。

 ピスケが慌てて押し留める。


「陛下が何のために体を張ってらっしゃると思う! とにかくお前は逃げろ! あとは私たちが何とかする!」

「でもお父様が! お父様が!!」


 フィーコはほぼ錯乱している。

 ガルドはなおも電流に身を焦がされている


「その指輪は貴様ごときの垢をつけてよいものではない!! 返してもらうぞ!!」


 ガルドは、電撃を身に纏ったまま、ワレーシャの右手に向かって噛み付く。


「いっだぁああ!!」


 ガルドは、ユピテルの指輪をはめたワレーシャの中指に、根元まで食らいついている。


「離し、なさい! この! この!!」


 ワレーシャはなおもガルドに電流を流し続けるが、ガルドは決して口を離さない。

 「ゴギッ」とワレーシャの指の骨が砕ける音がする。


「ぎいい!! この、あ、ぐうう!」


 ワレーシャが激痛に耐えながらも電撃を流し続ける。

 だが「ブチィッ!」という音と共に、電流が止まる。

 ガルドが首を持ち上げると、その口には指輪をはめたままの中指が、それ単体でくわえられている。


「ああ、あああああああああ!!」


 中指を食いちぎられたワレーシャが絶叫する。

 あまりの痛みに涙が泉のように溢れ出る。


「こんなものでは済まぬ。貴様の払うべき代償は」


 ゴクン。

 ガルドは指を飲み込む。

 口を開くと、歯と歯の間にユピテルの指輪が挟まっている。

 ガルドがニタリと笑う。


「この蛮族がッ!」


 ワレーシャは落涙しながら、中指を失った手から氷柱をガルドに向かって突き出す。

 氷柱が、ガルドの胸を貫いた。

 ガルドの胸と口から、大量の血が吹き出す。


「お父様あああああ!!」

「見るな、フィーコ! ユピテルの指輪を奪い返されたら次こそ終わりだぞ!!」


 ピスケはガルドに駆け寄ろうとするフィーコを何とか押しとどめている。


「くそ、せっかく雷が止んで壁に穴が開けられるチャンスというのに……!」


 ピスケの指輪は何度か青く点滅しているが、フィーコを押しとどめるのに手一杯で召喚に集中できない。


「お父様ぁ!」


 何度も名を呼ばれたガルドは、胸を貫かれたままフィーコの方を向く。


「フィーコ……この国でなくてもよい……この世界でなくてもよい……逃げて……逃げて……生き延びよ……」


 ガルドは声を絞り出すと、滝のように口から血を吐き、そのまま動かなくなった。


「お父様ああああああ!!!」

「頼むフィーコ! 頼むから!!」


 パスの前で揉み合っているフィーコとピスケ。

 その隣に、いつの間にか満身創痍のカリラが立っていた。


「いつまでやってんの!!」


 カリラは二人をドンと押す。

 二人はあっけなくパスへと吸い込まれる。

 カリラは、ワレーシャの方を振り向く。

 ワレーシャは、右手を押さえたままズルズルと盾の下から這い出していた。

 だが、カリラの視線に気付いてこちらを見やる。


「フー……」


 カリラは鬼のような形相で、ワレーシャを睨みかえした。





 秋葉原の駅前広場は、大雨だった。

 以前はあれだけたくさんいた人の群れも今はない。

 代わりに、ものものしい装備に身を包んだ機動部隊がフィーコとピスケを取り囲んでいる。


「おいおい、ワレーシャの手先なんてことはないよな……?」ピスケが警戒する。

「お父様……」


 フィーコは相変わらずガルドを呼んでいる。

 だが、叫び疲れたのかもはや元気もない。

 機動部隊の中から、黒いショートカットにスーツ姿の若い女性が歩み出る。

 女性は、拳銃を二人に向けて構える。


「内閣府幻獣対策本部、機動課課長の黒崎梓です。本部長代理に御面会を願います」


 ピスケは、黙って梓と名乗った女性を睨みつける。

 すると梓の背後から、白衣を身に纏った金髪の少女がひょっこりと現れた。


「また会ったね、フィーコ」


 未唯は、白い手袋をはめた手を軽く振りながら笑顔を向けた。




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