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全失皇女の亡命譚  作者: しらさわ
第1部 全失皇女の亡命譚
4/48

実験禁止令

 宮殿に戻るや、四人は直ちに玉座の間に招集された。

 待ち構えていたのは、ガルドの怒号だった。


「ヴァルハラント皇帝ガルドの名の下に命ずる! 今後皇女フィーコによる一切の実験を禁止する! よいな!」


 玉座に深々と座るガルドの瞳に、電流が走った。

 ガルドの頭の周りは電流がバリバリと渦巻いている。

 ガルドと対するように、フィーコ、ワレーシャが並んで立ち、さらに両脇に半歩下がってピスケとカリラが跪いている。


「お前はこの国で唯一の皇位継承者だと言うに……命の保証もない異世界に行くなど何を考えておるのだ」


 項垂れるフィーコの足元に、ガルドから電流が弾け飛ぶ。

 フィーコが思わず後ずさりする。

 隣のワレーシャは、挑戦的な眼差しでガルドをじっと見据えた。


「陛下、それは違いますわ。分家の当主たるわたくしにも皇位継承権はございます」

「のうワレーシャ。分家が皇位を継承できるのは、本家の血筋が絶えた時だけだ。お前が一番知っておろう」

「ええ、その古臭いしきたりのことは以前両親からよーく聞きましたわ。しかしお言葉ですが、適材適所というものがあるのではございませんこと? フィーコはどう見ても学者肌。魔法庁の長官こそ適職ですわ」

「そうかもしれんのう。してお主には皇帝の資質があると?」


 ワレーシャは、胸に手を当てて一歩前に進み出る。


「もちろんですわ! 皇帝に必要なのは勇気と武略! このわたくしこそふさわし……」

「霧を隠れ蓑に呑気に昼寝しておったのも、勇気の表れということか」

「なっ……!」


 痛いところを突かれたワレーシャは、顔を真っ赤にする。


「お父様、どうかワレーシャを悪く言わないでください。彼女の気絶は私が横から余計なことを言ったためで……」


 フィーコがフォローを出すも、ガルドの眉はピクリとも動かない。


「のうフィーコ。わしがこの大陸を制覇してからどれほどになる」

「え……最後の大国であったウェリッサ王国を滅ぼしたのが五年三ヶ月八日前になりますが、それが何か……」

「それ以降、戦争は起きたか」

「いえ……残党による小規模な反乱はありましたが、戦争と呼べるものは」

「わしが即位した三十年前はこうはいかなかった。大国列強が虎視眈々と領土を狙い、同盟国どころか貴族連中さえいつ裏切るか。乱世だ。そういう時代の指導者は、猛き者でなければならん。代償も大きかったがな……」


 ガルドは、壁にかけられた男性三人の肖像画に目をやる。

 皆、若くして戦死したフィーコの兄達だ。


「だがな、時代は変わった。これからの世に必要なのは、わしのような荒くれ者ではなく、賢く徳のある者だ。フィーコ、お主こそふさわしいのだ。だというのにお主は危うい実験にばかり現を抜かして……」


 ガルドの表情が怒りに歪む。


「複数召喚まではまだ理解もできたが、科学だと? しかも魔女の王国の忌まわしき魔導書を紐解いたと来たものだ。あの国は、わしが矛を交えた国の中でも群を抜いて凶悪じゃった。パズズ、アスモデウス、黙示録の竜……呪具からいったいどのような禁忌の幻獣が現れるか、分かったものではないぞ!」

「あの魔導書は幻獣を仕込んだ呪具の類ではありません」

「お主が何かの幻獣にでも食われてしまったのではないかと、わしがどれほど心配したと思うてか!」

「そのことは申し訳ないと思っています。しかし、おかげで科学という極めて高度な知識体系をこの目で見ることができました。あれは間違いなく我が国に恩恵をもたらすものです」

「要らぬ要らぬ! 科学などなくとも、帝国は安泰だ」


 その一言で、ずっと伏し目がちだったフィーコが眦をあげる。


「お父様はいつもそうやって頭ごなしに否定なさる! 私の研究内容を何もご存知になろうとしないで! 全ての実験を禁止するだなんて、承服しかねます!」

「お主こそ、わしの願いを聞き入れたことがあったか! 皇族の地位の重さは、幼少から言い聞かせてきたではないか!」


 帝国の中心で起こる親子喧嘩を眺めながら、跪いた姿勢のカリラは隣に立つワレーシャにこっそり話しかける。


「ねえ交代しない? そろそろ足痺れそう」

「いいですわよ。その時はさらに倍は長引くでしょうね」


 反対側で膝をつくピスケも親子のやりとりを辛抱強く眺めていたが、二人の会話が途切れた一瞬を狙って、言葉を割り込ませる。


「恐れながら申し上げます」


 普段のフランクな口調とは違い、ピスケは礼儀正しく声を張る。


「フィーコ殿下の安全を考えれば、陛下のお怒りはごもっともです。しかし、実験の一律禁止とは些か極端ではございませんか。全ての実験が危険というわけではございません。互いに譲歩できる点を探しませんか」


 親子両名もいい加減泥沼に嵌っていると感じていたのか、ピスケの仲裁を助け舟のように黙って聞いている。


「こたびの問題は、ひとえに殿下の大事な御身が異世界にて危険に晒されてしまったことにあります。これは異世界へのパスという、未確立の技術を用いたがゆえ。安全性の観点から問題ない実験だけは、どうかご許可いただけませんか」

「わしはたびたびフィーコに怪しげな実験を辞めるよう忠告した。それを無視して今回の騒ぎだ。その程度のぬるい罰ですむと思うてか」


 ガルドは声に凄みを効かせるが、ピスケは怯まない。


「罰? これは妙なことを仰る。殿下の有り余る研究への情熱に歯止めをかけるのは、従者たる我々の努め。その罪は、護衛の不行き届きとして我らに帰するべきものです。殿下の御身に必要なのは、罰ではなくあくまで安全策ではありませんか」

「主の罪をかぶろうというのか、面白い。だが、魔女の王国の魔導書を暴いた罪はどう捉える」

「魔女の王国の遺物がそれほど危険であるなら、発掘を法で制限するべきでしょう。これに至ってはどなたの罪とも言えません」


 ピスケは、あくまで冷静に声に力を込める。


「陛下、どうかご慈悲のある裁定を。もちろん、私とカリラはどのような罰でも受ける所存です」


 小声で「えっ」と言ったカリラを、ワレーシャが踵でこづく。

 幸いガルドの耳には入らなかったようだった。


「ふん、このわしを相手に堂々とした弁明ではないか。何と言っても忠義がある。フィーコ、お主は良き補佐を得たな」


 ガルドの表情が、いささか和らぐ。


「思えばそこにおるカリラも、武芸大会での腕前は惚れ惚れするものであった。フィーコ、お前には才能ある者に慕われる資質がある。わしが力づくでやらねばできぬことが、お前には人徳として備わっておる。危険な実験などやめて、指導者の道を歩め。ひとまず今回は、ピスケの忠義に免じて科学の世界への渡航のみを禁じよう」


 ガルドは努めて柔和な口調でフィーコに語りかける。

 既に頭の周りの雷は去っている。

 ガルドの裁定を受けて、フィーコは押し黙っていた


「お父様はどこにいらっしゃるのですか、皇帝陛下」


 と問う。

 ガルドは意味が飲み込めない。

 他の三人も、思わずフィーコの顔を見る。


「……? 何の謎かけだ」ガルドが問う。

「実験は継続させて頂きます、皇帝陛下。どうぞ好きなだけ罰をお与えください」


 フィーコは、くるりと踵を返すとそのままツカツカと扉に向かう。

 ガルドはポカンとする。

 三人も何が起こったのか分からず思案する他ない


「フフ、少し見直しましたわよ、フィーコ」ワレーシャもフィーコを追ってしまう。

「あれ、もう終わり? 待ってー!」カリラも去る。


 取り残されたのは、ピスケとガルドだけになった。


「あの、陛下……連れ戻しましょうか」


 ピスケが気まずそうに問いかけるが、ガルドは口を真一文字に結んだまま何も答えない。

 彼は、眉間に皺を寄せて椅子に深く座り直すと、疲れ果てたように答えた。


「下がってよい……」





 玉座の間での一件から数日が経ったが、フィーコやワレーシャに対しては何の処分もなかった。

 カリラとピスケには護衛の不行き届きということで、自室での謹慎処分が下ったが、見張りがつくわけでもなく、ほぼ形式上のものであることは誰の目にも明らかだった。


 フィーコは、自室で読書に勤しむピスケの元を尋ねていた。


「私のせいであなた達にまで累が及んでしまって、本当にごめんなさい」

「気にするな。おかげでお前から借りた哲学書を読む時間もできた。私程度の教養ではチンプンカンプンだがな。それより私が気になっているのは、ワレーシャのことだ」


 ピスケは本を閉じると、入口近くに立つフィーコをまっすぐ見つめた。


「お前、ワレーシャの言うことをどこまで本気で受けとめてるんだ? 本当にあいつが皇帝になれると思うか?」

「……どうしてそんなことを聞くのですか」


 フィーコが身構えると、ピスケは穏やかに言う。


「田舎の工房でくすぶっていた私を、お前は従者として拾ってくれた。お前の研究者としての夢を、私としては最大限応援したい。スラムで不良を引き連れて暴れていたところをお前に見出されたカリラも、同じ気持ちだろう」


 ピスケはそこまで言うと、顔を引き締める。


「だがな、ワレーシャの野心に加担するのが良いことかは話が別だ。陛下の期待だけでなく帝国のしきたりにも反することだ。そこに希望を持つのはどう考えても利口じゃない。内心お前はどう思ってるんだ」


 フィーコは黙って固まっている。

 しかしピスケが返事を待っていると、観念したように口を開く。


「決して良いことでは……ないでしょうね。古来より皇位継承順の変更は内乱の元です。特にお父様のように敵もたくさん作られた方の後継者は、権威でガチガチに固め、正当性に異議を挟む余地を一寸も与えてはいけません」

「そこまで分かっているなら、この状態をズルズル続けても良いことなんてないだろう。皇位継承と研究を両立する方法を、陛下と腹を割って模索するべきじゃないか。ワレーシャもこのままじゃ滑稽だ」

「ピスケは、お父様が皇帝以外にいくつの役職を兼務なさっているかご存知ですか。十六です。正気の仕事量ではありません。週に一度の私との晩餐以外は、楽しみの時間なんてありません。入浴中でも報告書を読まれていると聞きます。片手間に研究なんて、無理ですよ」

「別にお前がその十六の役職を兼務する必要はないだろう? 大臣をもっと登用すればいいじゃないか」

「それができたらお父様だってとっくにやっているでしょう。任せたくても任せられないんです。大きくなりすぎたこの帝国を、お父様の決断力とカリスマ性以外で運営する方法がないんです」

「そういう体制を変えるのも含めて、陛下からお前への期待なんじゃないかと思うがな……」

「……」


 フィーコが困り顔をして立ち尽くしていると、廊下からカリラが現れた。


「あ、フィーコ! アタシのスタンガン見なかった?」

「いえ、見てませんが……。そもそも持ち帰っていたのですか?」

「戦利品だよ戦利品! 部屋に置いといたのにどっか行っちゃった! 別の所探してくる!」


 カリラがそのまま廊下を走っていくと、ピスケは慌ただしく席を立つ。


「あいつ、謹慎の意味分かってるのか! 連れ戻してくる!」


 フィーコはカリラを追っていったピスケを見送ると、扉を閉めて廊下の反対側に歩を進めた。





 フィーコはワレーシャと共に、実験に勤しんでいた。

 巨大な魔法陣を何個も描く必要があり書斎では手狭ということで、今は使われていない小さな闘技場を拠点にすることにした。


「ψωזפ ŋŭaйí тŏ кяагñή. Δтüлǽи ……」


 無機質な鉄のドームの真ん中で、ワレーシャが目を閉じて静かに詠唱を行なっている。

 ワレーシャの右手には、薬指だけでなく小指にも指輪が嵌められている。

 詠唱が進むにつれ、小指の指輪が青白く発光し始める。

 そして、その傍らに毛むくじゃらの獣、ハクタクが出現する。

 ワレーシャは目を開ける。


「まさか、本当にわたくしがハクタクを……」

「同時にジャックフロストも使えますか?」

「やってみますわ」


 ワレーシャが左手の平を上に向けると、そこに氷の粒が生成する。

 フィーコがパチパチと拍手する。

 フィーコが闘技場に持ってきたキキモラも、ワレーシャを称賛するように辺りを周回する。


「歴史的瞬間ですよワレーシャ! やはり召喚のパスを一度閉じた後に再契約すると、複数召喚が可能になるのですね!」

「ハクタクはあなたに懐いているものと思っていましたが……」

「セヴィリア一世の魔導書によれば、幻獣とはそもそも生物ではないのです。幻獣の世界を漂う、雷、記憶、武器といった概念が、この世界で実体を得た自然現象のようなもの。だから人間が想像するような意思は持たないそうです」

「なんとも夢のない話ですわね……」


 ワレーシャがフッと息を吐くと、氷もハクタクも消滅する。

 ワレーシャは、フィーコにハクタクの指輪を返す。


「詠唱というのは、えらく疲れますわね」

「でも、ワレーシャが詠唱を習得してくれたおかげで、私はだいぶ楽に実験を続けられるようになりました」

「詠唱がいつもあなた頼りだと、また幻獣が現れたときに手詰まりになるかもしれませんものね。まあ古代語の知識はあなたに流し込んでもらったものですし、自慢できるものでもありませんけど」

「ワレーシャの集中力あってこそですよ。さて……」


 フィーコは、闘技場の中央に描かれた、大きな魔法陣に目をやる。


「複数召喚の実験は順調ですし、やはり目下はパスの安定性確保ですね。毎度幻獣と戦っていては身が持ちませんし、パスを閉じると召喚が無効化するというのも不便です」

「あら、まだ続けますの?」


 ワレーシャが問うと、フィーコはギクッとしたように身構える。

 そして、雨に濡れた子犬のように項垂れる。


「やはりいけませんよね……お父様に逆らって、こんなこと続けて……」

「あ、いえ、わたくしはそういう意味で言ったんではありませんわよ。休憩を取らないかと言っただけです」

「あ、そ、そうでしたか」


 フィーコがきまり悪そうに笑うと、ワレーシャはフィーコの肩に手を置く。


「陛下の前であれだけの啖呵を切ったのです。とことん貫こうではありませんの。最後は執念ですわよ」

「は、はい。正直、不安も罪悪感もありますが……。やれるだけやってみます」

「それで話を戻しますけど、休憩は取らなくて大丈夫ですの?」

「私はまだ大丈夫です。ワレーシャは自由に休んでください」

「そう? じゃあお言葉に甘えて、しばらく気分転換してきますわ」

「はい、お気をつけて」


 フィーコは、魔法陣に左手をついて詠唱を始める。

 魔法陣の光り具合に目を凝らしながら、右手で床に置いたノートに何やら書き連ねていく。

 ワレーシャは黙々と作業するフィーコを眺めた後、部屋を後にした。





 ワレーシャが向かった先は、中庭のテラスだった。

 そこには先客がいた。


「何用じゃ、このわしを呼び出しおってからに」


 ガルドは茶を飲みながら、不機嫌そうに言う。

 しかし今のところ雷は出ていない。

 ワレーシャは向かいの席に座ると、自分もポットから茶を淹れる。


「ご多忙の中、ご足労賜り恐縮ですわ」

「さっさと要件を言えい。皇帝になりたいという話なら帰るぞ」

「その話はいずれまた今度……。話はフィーコのことです」

「であろうな。科学の世界とやらへの通行手形でもねだりにきたか」

「真剣な話です」


 ワレーシャは、コトンとポットを机に置く。


「陛下は、最近腰を悪くされてらっしゃいますわね」


 ワレーシャが言うと、ガルドは不審げな表情をする。


「そのことは典医しか知らぬはずだがな……なぜお前が知っている」

「フィーコから聞きました」

「フィーコにも言っておらん」

「あの子は陛下の一挙手一投足まで全て克明に記憶していますわ。陛下の所作を見ただけで、着座のたびに痛みを我慢されていることも、それを悟らせまいと気丈に振舞われていることも、分かってしまうのです」


 ワレーシャが静かに語るのを聞いて、ガルドは眉間に皺を寄せる。


「そうか……わしもついにヤキが回ったようだ。戦場を駆けずり回ってた頃は、足に矢を受けてもびっこは引かなかったというに。左様だ、今も痛うてしゃあないわ」


 ガルドが、大袈裟に腰を撫でさする。


「だがそれがどうしたというのだ。老いぼれが老いぼれて何が悪い」

「フィーコが次に科学の世界に行ったとき、最初に持って帰りたいと思っている品は何かご存知ですか」

「お前らはなぞなぞが好きじゃの。そんなこと、向こうの世界を見たこともないわしに分かるか」

「答えはマッサージチェアですわ。座るだけで、自動で腰や肩を叩いたり揺らしたりして、体を楽にしてくれる椅子です。陛下のガーゴイルのように硬いお体も、きっとスライムのように柔らかくなりますわ」

「ほう、そんなものがあるのか……」


 ガルドが少しだけ興味を示す。

 だがガルドはすぐに顔を引き締めた


「だが動力がなくては動くまい。この世界に科学はないぞ」

「科学の世界の動力は雷なのです。ちょっと改造すれば、陛下のユピテルの能力で動かせるようになるはずだ、これで少しは陛下の腰痛が軽減できればと、フィーコは言っていました」

「ふむ……」


 ガルドは、再度考え込む。

 腰のあたりをさすっているのは、無意識だろうか。


「先日はフィーコもあのように言っていましたが、内心では陛下をお父上として大切に思っていますわ。この前の件も、言い過ぎたと反省しております。一度、フィーコの話をきちんと聞いてはくださいませんか。あの子は今、歴史に残るような大発見をしようとしている、いえ、既にしています。皇女としてではなく、娘としての成長を、きちんと見届けてはいただけませんか」

「成長か……」


 ガルドは中庭を自由に飛ぶ二羽の小鳥を見ながら呟く。


「あやつは好奇心旺盛なのは良いが、結果に対する覚悟が足りん。だから、向こうの世界で芋虫の化け物を危険を冒して封じたと聞いたとき、わしはにわかには信じられなんだ。しかしあちらの世界から戻ってから、少しながらあやつの顔つきが変わったのも事実だ……。お主もな」


 ガルドは、ワレーシャに視線を送る。


「お主、本当にまだ皇帝になりたいなどと思うておるのか」


 ストレートに問われたワレーシャは、咄嗟に目を伏せる。

 だが、意を決したようにガルドの目を見つめ返す。


「フィーコには皇帝の地位が約束されています。ピスケは国務大臣に、カリラは兵団長になれるかもしれません。ですが、分家のわたくしにはそれがないのです。陛下がわたくしと同じ年齢、同じ立場だったら、簡単に諦めますの?」


 ワレーシャは、お茶を一気に飲み干すと、席を立つ。


「お時間をいただき感謝いたしますわ。フィーコは今、使われていない小闘技場で実験をしております。では、失礼いたします」


 ワレーシャの背中を、ガルドは無言で見送る。

 だが、ワレーシャがテラスを出る直前、ガルドがよく通る声で呼ばわる。


「腰の悪い老人を一人で歩かせる気か。案内せい」




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