第二話
七月下旬。蒸し暑い季節がやってきた。ネットニュースでは今年も猛暑になるという話だが、冷風が効いた部屋にこもっていればなんて事はない。外に出るような真似はしないし、外に出なければならない用を作ることもしない。外に出なければどうという事はないのだ。
ピコン、と鳴るスマホ。嫌な予感。
『今からそっち行くから。あと出かける準備しといて』
ピコン、とグッドサインのスタンプが送られてきた。既読だけでつけて知らんぷりしとけばどうにかなるかな。そんな淡い期待は数分後に幻想となって消えるのだった。
*
「さむっ! 冷房効きすぎじゃん」
部屋にあるエアコンのリモコンを取って温度を上げる無礼者。なんだこいつ。
「お前が寒がりなだけだろ。下げろよ」
嫌ですけど? と言わんばかりの顔をした後、本棚を見つめ、前回の続きを手に取る。なんかこいつのために本買っているみたいで癪に障る。
「あ」
そう言って彼女は自分のバックを漁り、お菓子を取り出し、甘い匂いを撒き散らす。
「おい、ベッドの上で食うなよ。こっちで食えよ」
「えー、いいじゃん」
「よくない。どけ」
「どきませーん」
ふざけたような言い方で返し、こっちを見てニヤニヤと笑う。悔しいが可愛い。だが、このまま居座って俺の生活空間を食べカスだらけにされるのはシャレにならない。
「あのな、すぐに出かけるんじゃなかったのか?」
「んーこれ読んでからね」
うつ伏せになって足をふらつかせながら彼女はページを捲っていた。これはまずい。前回もこういうことがあったが、結局、出かけることはなかった。このままだと日が暮れるまでベッドを占領され、見るも無惨なベッドを目の当たりにすることだろう。
「おい」
「今いいところだから黙ってて」
現在進行形で俺の寝床を荒らしている癖に何が黙っててだ。早く降りろ。
「いや、おり……」
「黙ってろって言ったよね?」
凄みのある声で彼女は言う。これは怒る寸前だ。
「……はい、すみません」
なぜ俺が謝らなければならないかのか意味不明だが、彼女を怒らせると数日間罵詈雑言を浴びさせられ、要らぬ良からぬことを周りに喚き散らすから面倒臭い。
どうしたものかと考えてもどうにもならないだろう。成り行きに任せてここは大人しくしていよう。そうすれば、安寧は得られるはずだ。
そう思いながら俺は壁際に寄りかかり、ベッドを占領している彼女を横目にしながら時間が過ぎていくのをただ待っているのだった。