つまらないショートムービー
学校は休みか?少年。
見知らぬ大人。
Tシャツにデニム。
ラフな姿で釣り糸を垂らしている。
もう夏休みです。
そうか、世間は夏休みなのか。
知らなかったな。
この場所を離れようかな、と思ったけど、
話しかけられたことをきっかけに逃げたと思われることがなんとなく嫌だった。
海ってたまにみたくなるよな。
少しの間をおいて、おじさんがまた口を開いた。
そうですね。たまに。
だよな。
俺が思うにさ、映画の影響だと思うんだよ。
大抵の映画ってなんか海のシーンがあるんだよな。
それがまたいいシーンなんだよ。
昼間の海も夜の海もさ。
気にしたことはなかったがたしかにそうかもな
なんて思った。
劇的な告白も悲しい別れも、思い起こせばその背景には水面が煩いほど煌めいていたような気がした。
どっかに非日常を感じるのかな。海って。
あそこに行きゃなんか起きるかも。
なんか変わるかも、なんて思ってんのかな。
わかんないけどさ。
ぼくは黙って聞いていた。
返事はしなかった。
ごめんな、一人になりたかったか?
いえ、別に。
大丈夫です。
そうか、じゃ勝手に喋っとくな。
おじさんはピクリともしない竿を引っ込めて、何やら釣り針をいじっている。
何が釣れるんですか?
うーん何がいるんだろうなあ。
わからん。
いつもここでやってるんじゃないんですか?
ここにはよく来るんだけどさ、釣りは初めてなんだ。
だから餌の付け方もこれであってんのかわからん。
少しきょとんとしたが、確かに着の身着のままという風体。
クーラーボックスもない。釣れた魚をどうやって持ち帰るつもりなのだろう。
釣り好きな人ってさぞ楽しそうに釣りのエピソード話すじゃん?じゃ試しに乗っかってみようかなって思ったんだけどさ。
楽しいです?
いや、今のところぜーんぜん。
スポーツとかも一緒でさ、野球とかサッカーとかやってみたけどイマイチ楽しさがわかんなかったんだよね。あ、バスケは好きだったな。
ただ夢中になる人がいるってことは何かしらの魅力があるってことじゃん?
だから一通り試してんの。
楽しいもの知らないと損じゃん。
なるほど、その発想はなかった。
興味のないジャンルに触れてみようなんて。
ぼくはつまんなそうだったらスルーしてしまうな。
というわけでお兄さんは釣り初心者なんだけど君は釣り詳しかったりする?
ぼくもやったことないですね。
そっか、近くの子なら海で遊んだりするかなと思ったんだけど。
うーんおれももういいかな。
余った餌どうりゃいいんだろ。ばら撒いちゃっていいのかな。
調べてみますね。
お、現代っ子。助かるよ。
魚が食べるんで撒いちゃっていいらしいですよ。
んじゃ撒いちゃえ。
知らないジャンルかじる以上迷惑はかけたくないしな。
海がバカでけえからってなんでも捨てちゃいけないよな。
チクリと刺されたような気がした。
ぼくは黙ったまま撒かれた餌に群がる魚の群れを見下ろす。
なんだよ、こんなにいたのか。
こんなにいるのななんで釣れねえんだろうな。
おじさんは帰り支度をしながらぼやく。
心得がないのでわからないが、糸の垂らし方にもなにかコツがあったりするのだろうか。
おれはそろそろ帰るわ。
明日もこのくらいの時間にくるけど君もいる?
いるかもしれません。
かも、か。
ま、可能性あるならこの辺うろちょろしてみるよ。
いたらまた話でもしようぜ。
怪しい人じゃ・・・ま、怪しいか。
怪しいおっさんでよけりゃ話聞くからさ。
その封筒に何が入ってるか知らないけど、海を汚すなよ少年。
お尻のポケットからはみ出した封筒をぐっと押し込む。少し汗ばんでいたからか、封書は柔らかくポケットの奥に折りたたまれた。
たぶんさ、おれもお前もまだ知らない楽しいことがあると思うんだよ。
しんどいことも多いけど、いろいろ試してみようぜ。
この人はなんとなくわかってたんだ。
大人になると他人のことをわかるようになるんだろうか。ぼくが子供だからわからないだけだろうか。
ぼくは、なるべく迷惑をかけないようにしたいんです。
そうか。
じゃ明日は作戦会議でもするか。
おれも周りに迷惑かけっぱなしだからさ。
一緒に考えようぜ。
はい。
お願いします。
約束したからな。
じゃまた明日。少年。
ふらりとおじさんは立ち去った。
別にぼくは海に非日常を求めていたわけでも、人生を変える何かを求めていたわけでもない。
ないと思う。
だって創作の中の綺麗すぎるお話なんて全部フィクションだから。
実際劇的な何かなんて起きなかった。
ほらみろ
って思う。
知らないおじさんと作戦会議の約束を取り付けた。
随分と枯れた奇跡だ。
なんて画に、ならないショートムービーだろう。
でも約束したんだ。
ポケットに詰め込んだものを広げる。
謝罪と後悔を書き綴った3枚の便箋は汗で滲んで真っ黒になっていた。
映画ならビリビリに破って海に投げ捨てたりするのかな。
ぼそっと。
なんだか恥ずかしさとくすぐったさで笑いが込み上げた。
海汚すなって言われたしな。
エンドロールの書かれた紙を握り潰して、
もう一度荒く、ポケットへ押し込んだ。