『あたしの居場所はどこなの?』
そう、あたしが扉越しに話をした同種が言うには、ここはそいつの家で、そいつは名を名乗っただけで、あたしが3年間心を許した世話係の事は何も知らないようで相手にするのもバカバカしくなったわ。
あたしの今の世話係は主に一人、どうやら一週間の間様子を見ているようね。
この一週間を警戒し続けて嫌われればまたあの場所に帰れるのかもしれないじゃないの。
あのコミュニティにはそうやって帰ってきた同種も沢山いたわね。
とにかく、食べ物には確かに困らない、夜にはコミュニティで貰えたものと同じものが貰えるし、食べることと排泄はしておくとして、
絶対に威嚇をやめないで元の場所に帰れるようにするわ。
ところが一週間が過ぎようとした頃
あたしを欲していたのはこの世話係よりももう一人の怯えた世話係の方だった事が分かったわ。
怯えた世話係はあたしを元の場所に戻そうと、肝の据わった世話係に言っていたのが聞こえたわ。
よっしゃ!願いが叶いそうだわ!と思っていたけど、一週間が過ぎてもあたしの前の世話係は迎えに来ないじゃないの。
肝の据わったあたしの今の世話係は眠っている間にあたしが動き回ることに気づいて日中あの同種以外居ない時間もあたしの部屋の鍵を開けたままにして自由にさせてくれるようになったわ。
昼間は高いところに上ったりして運動をし、ごはんを食べたりいろんな場所で眠ることにしたわ。
その中でも誰からも見つからない狭くて暗いあたし好みの寝床を見つけたの。
夜のごはんが貰える頃には寒くなるからフカフカな寝床に移動したりもしていたわ。
ある夜、突然あの扉越しに聞こえていた同種が姿を現した。あたしの部屋は鍵が閉まっているはずよ。
この扉を開けたのは肝の据わった世話係。
「あら、あんた、じゃこ天てやつなの?ただの毛玉じゃないのアハハ」って言ってやったらそいつはあたしの部屋にとびかかって来たのよ。
部屋を挟んで喧嘩が始まった途端、怯えた世話係が入ってきてそいつを連れ出して扉を閉めたわ。
なんなのあの毛玉…腹立たしい。ちょっと怖かったじゃない…。あいつもしかして強いの?
扉は再び閉じられ、壁越しにそいつはあたしに度々話をすることがあったけどだいたい無視してやったわ。
それから数日後のある日うっかり狭いお気に入りの場所で寝過ごしてしまって、夜のごはんをくれようと世話係が入ってきたけどあたしはそのまま隠れていたの。
お気に入りの寝床がバレたら困るもの。
それにあたしは早く元の場所に戻りたいのよ。
そうだ!ちょうどいいじゃないの。あたしが居なくなったと思ったらきっと前の世話係が探しに来るわ。
そう思っていたのに、この肝の据わった世話係はあたしの居場所を見つけてしまったの。
なぜかしら…なぜ見つかってしまったのかしら…?
下からチョンチョンと世話係があたしの身体をつつく
あ!うっかり頭隠して尻隠さずだったのね。
垂れ下がったあたしの身体の一部がどうやら見えていたようね。
でも、世話係は入ってこれない、そしてじゃこ天がやってきたあいつなら入れるかもしれないからと世話係が呼んできたけど、そいつもあたしの匂いを嗅ぐだけでどうやら入れないらしいわ。
毛玉はあたしよりデブだったようね。残念だったわねアハハお笑いだわ。
世話係は初めは手であたしを無理やり出そうとしていたけどうまく捕まらないように更に上にあがったりしてスルリスルリと逃げてやったわ。
すると突然白くて大きなものがあたしを襲ってきたのよ。
驚き、恐怖のあまりあたしはその白くて大きなものに嚙みついてやったわ。
すると、白くて大きなものはすぐに居なくなり、世話係もその場から居なくなったの。
お腹もすいてきたし、あたしの部屋に戻るとそこにはいつもの夜のごはんではなく汁気の多いなんだか見慣れないものが置いてあったわ。
恐る恐る食べてみると懐かしい。
家族でごちそうになっていたあのお店のごはんのような味がしたの。
夢中であたしは食べきって、そのあと帰ってきた世話係がとても辛そうな顔をしながらもあたしがごはんを食べたことを「いい子いい子」と言っていたわ。
どうやらあたしが嚙んだのはこの世話係の指だったみたいね。
結構全力で噛んじゃったし…今度こそ元の場所に…戻されるのよね。
なんだかんだとあたしを心配する世話係を噛むつもりはなかったんだけど…。
ちょっと申し訳ない気持ちになったわ…。
そして、いつ戻されるのか分からないまま、一日一日が過ぎて行ったの。
時々、毛玉が現れ、あたしは応戦することもあったわ。あいつは毛が長くて防御力が高いわね。
そうとう爪を研いでおかないと、こっちがやられるじゃない。
昼間は毛玉は入ってこないようにされていて、扉越しになんかしら言っているけどあたしは無視よ。
夜扉越しに話をするとなんだか会話が嚙み合わないことが多いのよね。
あたしは生まれてから3年と少ししか経ってないのに、そいつはもう10年以上生きていると言っているし、そんなに爺さんにも見えなかったわ。
世話係の事をオカシャンとオトシャンと呼んでいたり、明るい日と暗い日などとよくわからないことを言っているのよね。
どうやら、毛玉は人間たちの一日を理解していないようね。
聞けば箱入りの生まれであたしと違って家族と死に別れたり食うに困ったりしたことはほとんどなく、甘やかされてきたようね。
あたしは賢く強くあるようにと生きてきたからバカに教えてやったわ。
「あんたバカでしょ?明るい日ってのは昼間って言って暗い日は夜っていうのよ。その二つで一日って数えるのよ。」
そいつはビックリして慌てていた…計算はできるようで自分が生まれてから4年と少ししか経っていないことに驚いていたわ。
人間とあたしたちじゃ起きてるタイミングも寝てるタイミングも違うし、老いる速度も違うのよ…。
あんた何周してるのよ…。
あたしは知ってるのよ一個前に経験してるんだから、真っ暗な中で。
人間なんて信じちゃいけないの。
バカな毛玉との会話は日々喧嘩の元になるけど、あたしはこの家に来てずっと不思議な言葉を投げかけられていたことに気がついたわ。
「すーちゃん」と。
あたしは「みなみ」って名前だから関係ないと思っていたけど、どうやらあたしはこの家に来て改名したらしいの。
新しい名前は怯えた世話係、毛玉曰くオトシャンという人間がどうしても「すーちゃん」と呼びたいと言ってつけたみたいね。
肝の据わった世話係はあれだけ噛んでしまったのにあたしを元の場所に戻さず「ずっとここに居てね…すみびさん」と寝る前に話しかけてくるわ。
あたし、ここにずっと居ることが決まったの?
気に喰わない毛玉もいるけど、もう少しだけあたしも様子を見てあげるわ。
名前はあたしのビロードのような黒い毛皮によく似た色の炭色に美しいという意味を込めたすみ美という名前らしいの。
じゃこ天の名前の由来は肝の据わった世話係、オカシャンがその日食べたもので決まったらしいからお笑いよ!
すみび…悪くないわね。でも、あたしを懐柔しようなんて100年早いわよ。
でもここがどうやらあたしの居場所みたいね。
覚悟してなさい人間も毛玉も!
黒きレディは人間なら誰しもが探す安心できる自分の居場所を自分の意志ではなく求められる形ではありますが見つけられらのであればいいなと思います。
世の中には見つけられないまま死を迎えてしまう子たちも少なくないですからね。
次は誰が主役かな?ブクマ登録どうぞよろしくお願いいたします。