プロローグ
「誰か俺を変えてくれ」
深夜、布団に包まりながら何度も何度もつぶやいていた。
もう、嫌だ。全てが嫌だ。嫌になる。
二月。大学を卒業して、社会人となって一年目を過ぎようとしているこの頃。
俺は、自分という人間に絶望している。
社会に出て、働き始めて、より一層にその絶望が強くなった。
業務では、失敗ばかり。上司からはもう呆れられている。
何で俺はこんなに何も出来ないんだ。他の人は簡単に出来ているのに。
「コンプレックスの塊」
父は、背が低く、「何でそんなことでイライラするのか」というほどの短気で、出世からも外れてしまった。
そんな父のことを母はそう評していた。
俺はこんな大人になりたくない。子供のことからそんな風に思っていた。自分は全うに成長して、子供の頃の自分が憧れるような、何でも叶えられるようなかっこいい大人になるんだと漠然に思っていた。
漠然に思っていた。それだけだった。憧れるような大人になるための必要なことを24年間の人生で何もやってこなかった。
今も、父が家賃を払う自宅で暮らしている。
「あぁ」
小さな小さな呻き小声が漏れる。
俺はどうすればよかったのだ。あの時ああしていればよかった。
これで何度目になるか分からない。自分の人生を振り返って、繰り返しそんなことを思い後悔するのは。
でも、もう戻れない。
そして、今の自分。
背が低く、歯並びが悪く、滑舌も悪く、コミュニケーション能力が無く、視力も落ち、肌も荒れて、大学も一浪の上、声も張れず、緊張しいで、すぐにおなかも痛くなる、物覚えも悪く、運動神経も悪く、向上心も無く、何も使いこなすことが出来ない、音痴で、機械音痴で、書類も作れず、人の話を聞くことが苦手で、集中力も無く、趣味といえるものが無く、嫌なことがあったらすぐにどう逃げるかの思考になる、学んだり経験したことが身に付かない、朝起きれない、寝付きも悪い、友達もいない、絵も描けず、飽き性で、短気で、手先も不器用で、常に人の目を気にしている、等。
「コンプレックスの塊」
今の自分に最も当てはまる言葉だ。
多くの人が、過去の自分と今の自分を見て言葉をかけるとしたら、
「自業自得」「もっと努力をするべき」「お前より苦境煮立っている人間はたくさんいる」「そんなことで悩むな、これから何をするべきかを考えろ」「何で何もしてこなかったの」等、だろう。
劇的な過去があったわけでもない。ただ他の人よりも生まれたときから「できない」が多かっただけだ。
誰かの「できる」を見て、何で自分とはこんなに違うんだとずっと考えていた。
隣で歩いていた人も当たり前のように「できる」を増やしていくのに対して、自分はみんなが昔遊んでいたおもちゃでまだ遊んでいる感覚だった。
ようやくできるようになったと思っても周りはもっと「できる」を増やしている。
追いつけることが出来ない。
変わるきっかけはあったかもしれない。
でも、もう無理だ。
自分では、もう無理だ。自分で「できる」ようになれるとは想像もつかない。どうすればいいのかもわからない。
やる気も起きない。
何なんだろうな俺は。
もう、このままの「明日」を迎えたくない。
もう、嫌だ。全てが嫌だ。自分に期待できない。
布団に包まりながらも一度つぶやく。
「誰か俺を変えてくれ」
『人を一人殺すたびに、一つコンプレックスを消してやる』
誰かが、頭の中でそう囁いた。
「ははは」
乾いた笑い声が自分の口から漏れる。