夜明けの告白
小説と言うか駄文ですが短いラブストーリー。
告白をテーマに書きました。
ちょい照れます。
◆ 夜明けの告白
背中か朝が追いかけて来る。
逃げているわけではない。
向かうんだ。
新しい年を告げる朝日が暗闇を押し上げるようにやってくる。
クロスバイクにまたがり太腿の痛みを感じながら僕は自転車を漕いだ。
夜明けは近い。
凍えるような空気が肺に流れ込んでくる。
白い息を規則的に出して僕は漕いだ。
背中から夜明けが追いかけて来る。
家を出るときはまだ闇の世界だった。
告白すると決めたのは昨日。去年の大晦日、ほんの6時間前。
除夜の鐘を聴きに行った帰り。
3年間恋していた君に会った。
「逢いに行く」という大それたことも出来ずにいた3年間。
新年を迎える高揚感も、外に出て偶然出会えた喜びも手伝ったのかもしれない。
君が『初日の出を見たことが無い』と言わなければ勇気が出なかった。
「じゃあ、見に行こうか?」
言うそばから心臓が苦しくなる。
返事を待つ僕は喉が重くなり何も言えなくなる。
少し考えた君が頷いて僕はようやく喉の重みから解放される。
夜明けが背中から迫ってくる。
待ち合わせの陸橋はまだ遠い。
彼女に出会ったのは文芸部の新入生歓迎の花見席。
少し斜め、僕の前に座っていた眼鏡の文学少女だった。
最初はお互いを先輩だと思いぺこぺこしたのを覚えている。
ひとめぼれだった。
今まで絶対にひとめぼれはしないと思っていたが、理屈ではないらしい。
心臓が脈打つ。
長い上り坂。
君に会える。
夜明けが背中から迫ってくる。
陸橋はまだ遠い。
折角約束したのに、家を出るまで決心がつかない。
告決めた筈なのに、自転車にまたがっては降り、またがってはまた降りた。
自分を責めても時間は戻らない。
約束の日の出が迫っている。
白い手をさすりながら待っているだろうか?
同じ部活の仲間だから誘いに乗ってくれたのか。
恥ずかしそうに頷いた君に期待をしても良いのだろうか?
一緒に遊びに行った事もない。
誘える勇気もない。
でも僕は今日、日の出に向かって背を向ける。
逃げるわけではない。
矮小な何かを掴まれぬよう。
不安を踏みしめて僕は自転車を漕いだ。
肺が痛い。
肺がとても痛い。
君の非凡な才能に。
君の笑う姿に。
セミロングの髪。
去年くれた年賀状。
怖がって何もしなかった3年間。
肺が痛い。
肺ではない。
胸だ。
息が上がり、肺に冷たい空気が流れ込んで胸を焼く。
君の詩を読んだ時。
ひとめぼれは焦がれる恋に変わった。
告白に用意した言葉も。
君の詩に比べたら陳腐で面白くもない。
誰を詠った詩なのか。
君はどうしてその詩を書いたのか。
知りたい。
乳白色の空が赤みを増していく。
新しい年がやってくる。
僕は追いつかれまいと自転車を漕いだ。
長い坂の上に高速道路を横切る陸橋がある。
穴場だと聞いている。
二人で初の日を見るために選んだ場所だった。
君の家の近く。
なんども思い描いた光景に胸が痛くなる。
足元から来る不安を蹴って走った。
近づくにつれて足が重くなる。
長い上り坂の先に彼女は待っている。
遠くの方からオレンジ色の空が迫る。
間に合え。
間に合うな。
矮小な僕が背中を掴む。
初日の出を言い訳に「やめろ」と背中を掴む。
彼女に迷惑かもと背中を掴む矮小な僕を振り切って坂を上りあがる。
陸橋の上にはまばらに人が待っている。
穴場らしく閑散としている。
遠目に彼女を探す。
見つからない。
自転車を陸橋の袂に止めて彼女を探す。
見つからない。
君の家の近所だというがこの時間に一人で出かけるか?
よく考えたら初日の出とはいえ非常識な話だ。
家の人が許してくれなかったのかもしれない。
周りを見回すが彼女の姿は無かった。
夜明けが迫ってくる。
僕の真正面から。
どうしてか、彼女がいないことに安心する。
よくないが、良かったとホッとする。
ホッとしている自分に悔しくて。
来ない彼女が恋しくて。
気が付けば泣いていた。
夜明けが迫ってくる。
彼女はまだ来ない。
時計を見る度に喉が重くなり。
時計を見る度に何かが消えていく。
好きだった。
好きだ。
すごく。
君の非凡な才能が眩しかった。
感性に打ちのめされた。
でも君の感性は何処か儚く。
どこか仄暗く。
そして綺麗だった。
羽化する前の何か。
文才の無い僕には表現できない何か。
君が笑ってくれるのなら、僕はそれでよいと思った。
綺麗な髪も。
眼鏡の奥にある細い目も。
心地よいアルトの声も。
図書館でたまに見る君の表情も。
好きだった。
僕は初日の出が顔を出すころ。
自転車に跨って泣いた。
3年間の思いを吐き出せずに。
僕の恋は終わった。
「や!」
と短くアルトの音程。
「お父さんが寝るまで…さ…なんか家から出ずらくて」
「うん」
「よかった、まだ日が出てないね」
「うん」
「こっち迄、結構遠かった?」
「うん、今来た所だ」
「うーーー、結構寒いね」
「うん」
「東京の大学…受けるんだっけ?」
「うん」
「私も東京にすればよかったかな…」
「でも推薦…」
「まあね…」
「初日の出、見に行こう?」
「うん」
僕たちは陸橋の金網越しにご来光を待った。
肺が痛い。
喉が喉が重い。
「なんかさ、喉が重くてうまく話せない」
「うん?」
「なにか言って? 私だって…ここに来る…勇気…」
そういって黙った彼女に何も言えず僕は目も合わせられなかった。
長い沈黙のあとオレンジ色が膨らむ。
「意外と意気地がない…」
彼女に言われてドキッとした。
「成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはいけない」
彼女は朝日に向かって独白した。僕はただそれに頷いた。
「私は詩に逃げてた…」
「伝わると思った」
「でも伝わらなかった」
「私は意外に意気地がない、意外でもない、元来そうなのだ」
「迫ってくる朝に向かうのが怖かった」
「夜明けが私を迎えに来ている」
「本当にそうだろうか? 迷う私は臆病者だった」
「迫る夜明けに、新しい何かに、怯えた」
「本当に迎えに来たのだろうか? …と」
彼女は僕の方を向き、僕の目をじっと見た。
「旭君…君はどう思う?」
その言葉に、僕の胸は熱くなった。
読んでくださった方、ありがとうございます!
他の二作品とは全く違う作風ですが、これも自分の文章だなと思います。