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帰路

作者: 日日

アナタは何ができるのでしょうか。

不意にぶつけられた問いに、驚き立ち止まる。

問いそのものではなく、問いかけられた環境が私に驚きを与えた。


徒歩圏内にコンビニも無く、往来も当然のように少ない小綺麗な田舎の駅。

駅の改札を抜け階段を降りた先に、件の人物がいた。

ニット帽を深く被り、ご時世のマスク着用。下眼瞼と鼻筋の一部だけしか見えない人物は、服装や体躯で性別が判断できなかった。

ご時世とはいえ、その出で立ちは異様さを発揮するには充分だった。

人物を視界の端に入れたり、瞬間だけ被写体深度を合わせてみたりと、異様な人物を感じながら階段を降りる。

異様とは感じていたが、恐怖はなかった。

階下に存在する人物が、私より小柄な事だけはすぐに認識できた。だからといって、近付いても良い常識さは感じない。


階段を降りきる数歩手前で、冒頭の問が私を襲う。

本来性別などどうでも良い事なのかも知れないが、問いかけた声に手掛かりはない。無論知り合いでも無いのだと思う。


アナタは何ができるのでしょうか。

階段の途中で立ち止まる私、少し見上げる件の人物。

小綺麗な田舎の駅で降車した数人、数メートル離れているのに何故か私は、私に問いかけたのだと私の感覚がそのように判断した。

立ち止まる私を置き去りにする人、追い抜く人。件の人物と立ち止まる私を交互に見る人。

時が止まったなどとは思わないが、その問いかけは真っ直ぐに私に向けられ、私を止めた。

言葉の出ない私を待っているのだろうか。

それでも、私は声がでない。立ち止まり続ける事も出来ない。冷静な私に少し苛立ちを感じる。周囲の目を気にし、目の前の問いかけを反芻し、正解は何かと探る私に。

そうまでしても、私は声が出ない。

立ち止まる事もやめ、件の人物に被写体深度を合わせずに逃げる。

振り返る事も出来ない。足早に立ち去る事も出来ない。ただ何事も無かったと思われたい、周囲に知らしめたいという、酷く醜い冷静さで歩を進める。


たった一度、何者かも分からない人物から発せられた

アナタは何ができるでしょうか。

問いかけが、一人歩く私の全てを占領する。


アナタは何をしている、何をしていた

そうであれば、いつもの駅から帰路に着いていただけの私。


アナタは何ができるのでしょうか


私は、何ができる。

答えを出す義理も理由もない筈なのに、占領した問いかけが私を捕らえて離さない。

定められたルールの中で、覚え、体験し、経験を積み、何かはできるような者にはなっている。

ただ漠然と何ができるのかと問われた時、その問に単純な回答を軽々に提出したくはなかった。いや、それは嘘だ。たじろぎ、回線が混乱し、ただ言葉を選択できなかっただけだ。一人歩く時でさえ、以前として醜い冷静さを脱ぐことが出来ない。

眉間の皺と、多少の汗を感じる。


私の本質、私の生きる力、私の、私は、

何ができる


玄関で靴を脱ぐ私

台所から聞こえる柔和なおかえりの声

開放された私は、躊躇などするわけもなく

ただいまを言葉にする。

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