8.口付け
「ネヒィア。あ、あれ、なんとか出来る?」
「うん。出来るよ、主様♡、えいっ」
寝かしたエナを再び抱いた絵里が、ウリ坊に怯えながらネヒィアに問う。
それにネヒィアは笑顔で答えると、手をウリ坊の前にかざし、嬉々として口を開く。
「空白・遠」
その瞬間、別に何かが起こった……という訳ではない。ネヒィアの手の平から魔法が放たれた訳でもないし、ウリ坊が傷付いた訳でもなかった。
ただ、1つだけ変わった事ならある。それは、
「ウリ坊が止まった……いや、走ってるよね?」
足を動かして、絵里達の方へ向かってはいるのに、一向にして距離が縮まらないウリ坊。
それはまるで、ウリ坊がエスカレーターを逆走している様な……
「ネヒィア、何をしたの?」
「えーと、あのねー、ウリ坊の前の空間を分厚くしたの」
「……?空間を、分厚く?」
ネヒィアの使った魔法は、一種の空間魔法。ウリ坊の前に擬似的であやふやな、莫大な空間を再現した。それにより、ウリ坊と絵里達の距離が途方もなく開いたのだ。
だが、ウリ坊もちゃん走っているので絵里達に近づけてはいる。ちゃんと前に進めてはいる。まあ後、1年ぐらいは確実にかかるのだが……
「この魔法はね、主様を呼んだ時の10億分の1ぐらいの小ささなんだよ。だからね、すごーく、簡単なんだよ」
「へー、そうなんだ」
少し、ネヒィアの言っている事が分からない絵里だが……この魔法は簡単?もしかして、私も使える?風魔法の次は、なんか凄い魔法が使える?
絵里は温泉へと向かう5時間の間で、軽く風魔法を教えて貰っていたのだが……馬鹿でも分かる簡単な仕組みであり、絵里はすぐに1人で空を飛べるようになった。
それもあって今、絵里は少し調子に乗っている。だから
「ネヒィア。この魔法、教えて?」
「いいよ。主様。この魔法はね、空間魔法って言うの。初めてだと少し難しいから、最初はこうやってみて」
そう言ってネヒィアは、手のひらを合わせて、ゆっくりと手を離していき……
「空壁」
ネヒィアの手と手の間に、拳ぐらいの水の玉のような透明な物が出現して、それを両手で捻り潰した。
その瞬間、水の玉が断末魔をあげるように、ネヒィアの辺りを薄く覆った。
「主様もやってみて!」
「わ、分かった。こうすれば……」
絵里は、ネヒィアと同じように手のひらを合わせて、ゆっくりと離していき「空壁」と、そう唱える。
その瞬間、絵里の手と手の間がぐにゃりとひしゃげ、歪む。そしてすぐに、耳障りな金属音が響き……
「わっ、なんか黒くなったよ?」
「あっ、主様。ダメ、歪めすぎだよ」
そんな焦ったネヒィアの声が聞こえ、絵里も少なからず焦ってしまう。
そんな絵里の様子に気付いたネヒィアは、絵里に近づこうと自分の周りを守っている「空壁」を引き裂いた。
だが、その時の音が……パリーンという乾いたガラスが割れるような音で、それに絵里は驚いてしまい……
ぐちゃっ、とその黒くて歪んだ空間を握りつぶしてしまった。
その瞬間、辺り一帯の地面が抉れ……地面から急に木が生えたり、木が枯れたり、花が咲き誇ったりと時間がぐちゃぐちゃになって……
「な、何これ?ていうか、なんか手のひらが熱くて痛い。ネ、ネヒィア?どうすればいいの?」
痛みが増す為に、それに耐えようと絵里は更に力を入れて握り込み、ネヒィアに問う。だが、それに答えたのは……
「絵里ちゃん。ゆっくりと力を抜いて、手を開きながら両手を離して。そうすれば、問題ないわ」
魔法を使う前、地面に寝かしたエナだった。エナは、絵里に後ろから抱きつくと両手に触れ、ゆっくりと手を開かせて離していく。
そうすると、まるで出来損ないの竜巻みたいに、黒かった空間が風を伴って辺りに柔らかく散った。
「ありがとう。エナ」
「お礼なんていいわ。それよりもネヒィア。何を教えたの?中途半端に時空を歪めれば……まあ、絵里ちゃんは大丈夫だろうけど、私達はひき肉になるのよ?」
「えっ、えーと、空間魔法を教えようとして……」
「……ひき肉?私、そんなやばいことしたの?」
エナがネヒィアを叱り、怒られたネヒィアは視線を逸らして小さな声で言い訳を言い、絵里が遅れて驚く。
エナは絵里をスルーして、ネヒィアに近づくと、両頬を引っ張った。
「ネヒィア。絵里ちゃんに変な事教えちゃダメよ?何?話、聞いてるの?」
エナが真面目にネヒィアを叱る。何か凄い光景を見れている気がした絵里は、微笑ましげに黙ってそれを見守るが……
「な、何かあったら……お姉ちゃんは優しいから、どうにかしてくれるでしょ?けど、ごめんなさい」
そうネヒィアは涙声で、怒っているエナに謝った。
だが、絵里には何となく分かってしまった。ネヒィアのあの声は、全て演技であって……
「べ、別に分かってくれたなら、それでいいわよ」
エナから逃げる為の嘘……だが、何故そんな事を?そう考える絵里の頭に、ネヒィアの薄暗い声が響いた。
「お姉ちゃん。「おやすみ」。バイバイ」
「ネ、ネヒィア、やめ……」
ネヒィアはエナに眠らす魔法を使ったのだろう。エナは崩れるようにして眠り、ネヒィアは絵里に向き直った。そして、
「絵里、子作り、しよ?」
とても幼げで可愛く魅入ってしまう声。
そんな声を零し、一瞬で絵里に近づくと頬赤く染めながら絵里の頬にゆっくりと手を伸ばして、唇と唇を合わせ―――――
今回少し長いですが、次の話からはこれ以上長くはなりません。今のところ……
ま、まあ、それは置いといてブックマーク、そして
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