表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

いっとき

作者: チャラン

 母の遺影の前で手を合わせている青年がいる。供え物もかかしていないようで、仏間はきれいに掃除されていた。ただ、彼の母の遺影は笑っていなかった。


 青年はとある料理店で料理長をしている、今より若い頃から修行を積み、確かな料理技能を習得して今の地位を得ることができた。


 仕事で腕を振るった、ある日。青年は仕事の帰り道にシルクハットの老人とすれ違った。


 ただすれ違っただけではない、老人はすれ違いざまにこう言った。


「あんたには影があるな。少しわしと話をしてみんか」


 青年は不審にも不思議にも思ったが、家に帰っても特にすることがなかったのもあり、老人との話に時間を割くことにした。


「なぜ、私に影があると?」

「あんたは中学生の頃に母親を亡くしておるな」


 青年は愕然とした。まさにその時期に母親が亡くなっている。


「いっときだけ、わしは今のあんたに、元気だった頃のあんたの母親を引き合わせることができる。どうする? やってあげようか?」


 青年は老人の言葉が最初理解できなかったが、老人の目をじっと見て、嘘ではないと信じ、老人に要望を伝えて、その一概に信じられないことを頼んだ。


 翌日。


 青年が勤める料理店のランチタイムが終わった頃の、ある時間。不意に店の戸が開き、一人の女性が入ってきた。厨房から見ていた青年にはひと目で分かった。紛れも無く青年の母だ。


 ランチタイムも終わった頃で、ちょうど他の店員は休んでおり、店内にいるのは青年と青年の母の二人だけだった。


「いらっしゃいませ、ご注文は何にしましょう?」


 青年は努めて平静を装って、母親に話しかけた。老人が母親と引き合わせる条件として提示したのは、母親に青年のことを説明せずにここに連れてくることと、青年が名乗らないこと、息子だと言わないことだった。


「オムライスをお願いします」

「かしこまりました、少々お待ちください」


 青年は注文を聞くと、厨房に戻り、心をこめて鍋を振るった。


「お待たせしました」

「ありがとう」


 青年の母はゆっくり時間をかけてオムライスを食べた。


「おいしかったよ、ありがとう」


 青年の母は、そう言いながら笑って青年に代金を支払った。青年は涙をこらえ、


「ありがとうございます、またお越しください」


 と、平静だけを装って言った。


 その日、家に帰った青年は一通の封書があるのに気付き、それを開けて読んだ。それには、「サービスじゃ。お母さんの遺影を見てみなさい」とだけ書かれている。


 青年は遺影を見た。


 母は穏やかなほほ笑みを浮かべている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ∀・)不思議なおはなし。でも、この空間が僕は結構好きです♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ