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羽を休めて地に堕ちる

 その世界は、獣が混じった人間……獣人。

 そして、獣の血を引かない人間である純人が住む世界。


 九割が海を占めるその世界では、それぞれ血の繋がった家系が大きな木船を家とし、大地の大半は資材の為だけに使われている。

 この世界における『国』と呼ばれるような概念は大地では無く船であり、船に乗った血族が民。

 国内では階級が存在し、上は頂点に座する君主。最も下の階級は奴隷である。


 奴隷とは罪を犯した者、他国から奪った労働者……そして、獣人。

 血の濃さが社会的地位を得るこの世界では、獣が混ざった人間は問答無用で奴隷として扱われるのだ。


 事実、獣の混じった獣人は知性と呼べる物が本来より低下している。

 故に肉体労働が多く、内政や法律と言う物も理解している獣人は殆ど居ないのだ。

 純人達は自らの血を残す為だけに生き、獣人は全ての判断を純人に任せる。

 それを互いに良しとして、生きていた。




「ま、人類の繁栄なんて望めない世界だにゃあ……」


 繁栄では無く、ただ種の……そして血筋の生存を選んだ世界に、どこか遠い目で語るシストラム。

 その間、ネールはただ静かに……静かに目を閉じ、聞いていた。


「……なんで帰ろうと思ったんだ?」

「さて、飼い主の元に帰りたいと思うのも獣の性なのにゃ。……ま、階級なんて気にしない変な人間も居るからにゃ。うちのがそうだったから、そう思うだけかもにゃー……」

「そっ……か……」


 話を聞いて、目に見えて落ち込んでいるサチに、ネールは彼女の頭を撫でながら励ました。


「なーんであんたが落ち込んでんのさ……。そりゃ、あたしみたいな鳥人間は伝書鳩に使われた時は、海の上で休みナシ! なーんて扱いだったけどさー。やってる事は変わらなくても、今は陸があるから休めるし、昔だって悪い事ばっかりじゃなかったんだからー」


「うちらもこの世界では伸び伸び生きている訳だしにゃ。そう同情されてもにゃー」


 今まで生きてきた世界の常識を否定されても困る、とケラケラ笑いながら励ます二人。


 ——ああ……そりゃそうだ。


 この場所で、異世界の価値観を押し付けるなどあってはならないのだ。

 それは善意であったとしても、今までの彼女達の人生を否定する事になるのだから。

 ……それに気付いたのか、そうでも無いのか。

 ともかく彼女は元気を出し、小さく『うん、ごめんね』と謝った後、話を変える様にこれからの話をし出した。


「……もう、十分休んだんじゃない? そろそろ出発しても良いと思うけど……」


「ん、それもそうかもねー。あたしはまだもう少しここにいるけど、今日中にゲノーモス火山に行くんでしょ? 夜になる前にたどり着いた方がいいでしょー。都市からそんなに離れてないとはいえ、夜はまあまあ危ないよ?」


「確かににゃー……結構急になるけど、特に野暮用が無いならもう出発するかにゃ?」

「ん……」

「りょーかい!」




 彼らは旅立つ。

 元居た場所に帰りたいのだと。

 そんな当たり前の帰巣本能とは、少し違った理由で。


 ——……いや、あたしシスちゃん以外の帰る理由知らないな。


 知性もなければ教養も無い。……そんな自分でも、詩人めいた表現をしたかったのだが……。

 幼き頃、飼い主が落としていった文学という物に心がときめいて以来だっけな……。

 まだまだ、あの時と同じ感情を抱かせる様な物には至って居ない。


「ま、日々精進ね」


 っと……あれ?

 ダッシュで戻って来るサイに疑問を抱きつつ、羽をばたつかせながら彼を待つ。


「どうしたのー? 忘れ物?」

「いや……ちょっと……いや、かなり迷ったけど……一応、敬意を表して……言っておこうと思って……」


 乱れた息を整えた後、彼は少し照れ臭そうに言葉を紡ぐ。



「俺は元々性格が根暗なもんで、好かれる努力をするのをやめたけどな。そうやって明るい奴の様に振る舞うのはすげえ。尊敬する。無理して振る舞うあんたに敬意を表して、俺もちょっと無理する事にした。……ああ、もう。普段は気付いても何も言わねえんだけな……」



 彼は、『やめておけば良かった』なんて聞こえて来そうな顔で目を逸らし、それでも途切れる事なく全てを伝えた。

 そんな彼に、なんとも言えない様な気持ちが込み上げて来る。

 あの時感じた物と、同じ様な……そうでも無い様な。

 しかし、足りない言葉選びに四苦八苦している暇は無かった。


「いっ……いいっ、いつかっから……気付いて……」


 それは、とんでもない恥ずかしさが頭を支配し、そちらに向けるリソースを割けなかったからだ。

 恥と言うのは不思議な物で、気付いてからしか認識出来ない代物だ。

 声が震えて、変な顔して……きっと真っ赤で見てられない。


「元の世界の話してた時……なんか、やけに静かで文学少女みたいな顔してたからな。元々はそんな性格じゃ無いだろうなって。……まあ、偏見だけど」

「お、おうぅ……」


 この世界に来て、変われるなんて思ったが始まり。

 過去の自分を知るものは居ないのだからと、異世界デビューを果たしたつもりが、まさか気付かれるなんて……。

 さようなら、無理してた私……。


「ま、これから頑張れよ。無理して生きるなんて珍しいもんでもねえだろうし。……でも、たまには休めよな!」


 そう言い残し、ダッシュで戻っていく彼の背中を見ながら、力が抜けて地面にへたり込む。

 無理していた自分に気付いてくれたという嬉しさ。

 気取った性格がバレた恥ずかしさ。

 その上で励まされたこの感情に押しつぶされながら、声を絞り出す。


「ありがと……」


 何も纏わない自分が紡いだ言葉を呟いた後、ぶんぶんと頭を振って頬を叩く。


「そんな事言ったってもう聞こえないし!」


 伝わらない言葉を言うのも馬鹿らしい。

 膝についた小石を振り払いながら、いつも通りの『ネールちゃん』に戻る。


「ああもう……汚れちゃった。それにすっごく痛いし……」


 ……ふと自分で言った言葉に疑問を抱いた。


 ——地面に膝ついただけでこんなに痛いとか、飛んでるだけじゃ気付かなかったかもな……。


 膝についた跡を指でなぞりながらそんな事を思い、気にもしなかった大地を踏みしめながら宿に戻る。


「……たまには、歩いて仕事してみようかなー」


 太陽が下がり始めた午後二時。

 快晴の空を照らす光は、今日も旅人達を照らして…………あー、駄目だこりゃ……。




 ×       ×       ×       ×         ×




「よう、棟梁! 仕事は終わりそうか?」


 火山内部。その奥深くの穴蔵にて、そんな声が響く。


「ん……ああ、取り敢えず及第点って所でな。ちょい休んでたんだ」

「そうかそうか、そりゃ丁度良い。ちと急用で悪いが、客人が来てる」


 小人族が住むこのゲノーモス火山は、自然に生成された火山洞窟を改良し、彼らの環境に合った住処として使われている。

 そして棟梁と呼ばれているこの男……シーアは小人族の長として、この異世界の中にある小さな世界で支持されている。


「ああ、分かった。ま、良い気分転換にもなるだろ……」


 元々作ることに長けた種族だった為、彼らの大半は物作りの仕事に就く。

 シーアは長でありながらもその腕を買われ、長の仕事をこなしながらも一級品の家具や近衛兵の武具などを請け負っている。

 その為、小人族以外の人間からも慕われている様だ。


「いよっと……」


 小柄な体に見合わない大きな槌を置き、手をはたきながら仕事場を出る。

 まだ思春期の子供と言って良い体付きだがその風格は子供のそれでは無い。

 逆立った赤黒い髪、右目には大きな傷が一文字に入っており、子供の様な幼さを感じさせないその姿は一族の長と言われても何ら疑問は無い。


「客人ねぇ……厄介な事にならなきゃ良いが……」


 これ以上の面倒事は御免だと、そんな言葉を口にする。

 嫌な予感に立ち向かう様、シーアは客人の元へ出向く。

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