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大切な虚言

 意地は通せた。実に満足だ。

 しかし、ユーロスには序盤の方から気付かれていたらしく、それなりに事情も把握しているみたいだ。

 そうなると、他のメンバーにも薄々感づかれていたのだろうか……。ふむ、なんか嫌だな。

 あえて、俺の好きにさせてくれたのか……それとも、本当に気付いていないのか。

 まあ、今となってはどちらでも良い。


 そんなこんなで色々あったが、所詮神の試練の一つ……これで達成感を味わうのはまだ早い。現在、一行はゲノーモス火山に来ていた。

 ……と言うのも、アルヘーム側の話はイカサマ……もといアーレヴァに任せ、シーアの様子を見に来たのだ。

 しかし、元々仕事人で人望も厚かった為、小人族の人間達はかなりの歓迎ムードになっていた。

 ……いや、事実歓迎されていた。


「そいじゃ、皆々様。わしらの誇るべき棟梁、シーアの叔父貴とエルス嬢ちゃん……いや、失敬。小神族大公、エルス様の契りを祝しまして……。不肖、ヴェイグが乾杯の音頭をとらせて頂きやす…………乾杯‼︎」


「「「かんぱーいっ‼︎」」」


 グラスを叩き合う音が鳴り響き、辺りは一気に騒音の嵐となった。

 主役の二人は引っ張りだこに弄り弄られを繰り返し、そんな祝いの席に我々は誘って頂けたらしい。

 普段は仕事を淡々とこなして質素な生活を送る小人族だが、結婚と言うイベントは彼らにとって唯一と言って良いほど大騒ぎするイベントの様で、テーブルの上には豪華な食事がずらりと並び、大ジョッキ程の酒を浴びる様に飲んでいた。


「すごい……ね……」


 サチさんが零したそんな言葉に深く同調した。

 何故ならば、この場に居る殆どが既に酔っ払い。

 酒が飲めずに素面を貫いている俺達二人は、この空気に圧巻する他無い。


「よぉやってくれたなっ……! うちの棟梁、もう一生結婚出来んもんだとばかり……うああぁぁ‼︎」


 背中をど突かれ、男泣きする知りもしない小人族に愛想笑いを返しつつ、目線でサチさんに助けを乞う。


「これな、アルコール入ってへんから、好きなもん頼みや……。これ全部タダで食えるから……お金の事はうちら大人に任せて沢山食べや? 若い子は何かと太る言うて食べへんけどな? うちの経験則、その歳やったら何食べても太らん! せやから……せやからなぁ……」

「分かりました! 分かりましたから……! そんな泣かないで下さいぃ……!」


 ——ダメだ、向こうも捕まってらぁ……。


 因みに、元々結婚までとは言ってないのだが、話がでかくなり過ぎて収集がつかなくなったらしい。

 それについては、二人共少し不満気が残りつつも、満更では無い様だ。


「こそこそ……」

「んく……んくっ……」

「……妖精族も飲むのな」


 そんな言葉にびくりと体を跳ねさせる妖精族。


「の、飲んで無い……よ?」

「ぽわぽわ〜……」

「青い髪の子が真っ赤よ、真っ赤」


 妖精族用の小さな器をがぶ飲みし、ふらふら〜……と倒れるルヴ。


 ——あまりイメージは無かったが、これはこれで人間臭くて良いもんだ。印象で人は語れんわな……。


「大丈夫か?」

「ん……ちょっと、休む……」

「お水……取ってきた方がいいかも?」


 そう聞くとひょいと近くにあった水を手に取り、小さな器に注いでやる。

 両手で水を運ぶルヴを呆けて見ていると、たちの悪い酔っ払いが絡んできた。


「にゃはは〜……上手い具合に大団円になって良かったにゃ〜」

「絡むな、触れるな、肩組むな……」


 男女友人付き合い三ヶ条をぼやきながら、ただのジュースが入ったグラスを傾ける。


「そう言うにゃぁ……うちだって、この手の話を聞けば人肌恋しくなるもんだにゃ〜……」

「恋愛脳め……俺はお前の男になるつもりはねえっての……!」


 げしげしと獣っ娘の誘惑を跳ね除けると、彼女は冷えたグラスをダンッ……と置き、うるうると目元を湿らせる。

 ちと言いすぎたかと気遣う言葉を考えていると、大泣きの末に欲望ダダ漏れの声を上げた。


「……うちも春の味を知りたいにゃぁああ〜‼︎」


「……ああ、そう」


 考え抜いた気遣いの選択肢を跳ね除けて、出てきた言葉はこれしか無かった。

 シストラムの声を聞き取った連中は笑い声を上げ、そんな音もかき消す様な轟音が渦巻いている中、シストラムは静かに……同じ様な言葉を口にした。


「……何なのかにゃ。恋って……」


 赤くなった顔を机に突っ伏しながら漏らした声に同調した笑みを浮かべながら、シストラムにとっての恋を聞いてみる。


「その手の話は一つも無かったのか? 周りでも良いけど……」


 そんな言葉を聞いたシストラムは、少し遺憾な表情を浮かべながら話始めた。

 『酔ってなきゃ話さない様な話だけどにゃ……』なんて零しながら……。





 自らが生まれた世界を憂うほど、うちはこの世界が好きじゃ無い。

 駆ける大地はとうに沈み、この体には疾風では無く、海風が透き通って行く。

 有り余った野性を抑え込みながら、獣達は奴隷として純人に仕える。

 それが当然だった。


 人が扱うべき技術を扱えぬ者など、彼達にとっては労働力でしか無い。

 ただ生かされることに疑問を抱かぬまま、雑用と言う雑用を押し付けられてはその先の事など考えもしなかった。

 そんなケダモノのうちにお節介を焼いたのが、変わり者のご主人様だった。

 何だって良かった意味を教えてくれた彼に施されながらも、足りない頭で意味を考える様になったのは、きっと良い事なんだろう。


「……」


 青く染まった世界からふと目を逸らして振り向くと、淡白な少女と目が合う。

 サボってないで働けと言う視線なのか、はたまた無関心か……。

 同じ奴隷の仕事に戻った少女の後を追う様に、駆け足でこの場を後にする。

 例え塩を乗せた風だとしても、この感覚は愛おしかったのだが……うちは彼女に用があったのだ。


「純人として生まれたのに、奴隷として生きるなんて大変だにゃー……」

「……お互い様」


 一切表情を変えずに返ってきた一言。……何も返事が無い事は覚悟はしておいたが、無駄だったらしい。意外と言えば意外だ。


「年頃の少女なのに、悲しいもんだにゃ……。やりたい事なんて腐るほどあるんじゃ無いかにゃ?」

「……別に」


 ——さて、どうしたものかにゃ……。


 話そうにも情報が随分と少ない。……などと考えている隙に淡々と仕事をこなしていたのか、この場を後にする彼女の後を追い、手伝う様に話を切り出す。


「そうは言っても、友達と恋愛話に励んだりするのは鉄板中の鉄板じゃ無いかにゃ……?」

「……やった事無い癖に」


 確かに、奴隷如きがそんな話で盛り上がっている所を見られたらどうなるか……想像はしたく無いが……。


「んん……自分が恋してみたいとか……無いのかにゃ?」

「……少なくとも、今の私には必要ない」


 胸に刺さる様な氷柱が痛い事は承知だが、この用事をあしらうことは出来ないし……ここはもう少し、深掘りした方が良いのだろうか……?

 変に地雷を踏んでしまっても……と躊躇している最中、そんな事など気にも留めずに奴隷としての役割を果たす少女。

 まだ諦めて切れていないうちの表情を読み取ったのか、彼女はうちの顔を一瞥した後、一言だけ零してこの場を後にした。


「……私は、世界の美しさを知らないもの」





「ん……」


 酔いで赤くなった顔をムスッとさせ、シストラムは空になったグラスに酒を注ぐ様に視線を向ける。


「……それで、その娘への用事ってのは何だったんだ?」


 視線の圧に負け、やむなく酒瓶を手に取りながらそんな事を聞いてみる。


 どうやら、彼女の主人がその娘に惚れているらしく、その偵察に向かって居た様だ。

 周りの獣人族との扱いに比べて良い待遇をして貰っている様で、世話になっている分役立ちたいのだと。

 しかし、それは……。


「そう、奴隷と主人の禁断の恋ってにゃ……。あの娘を落とすには相当苦労しそうだけどにゃー……」


 他人事の様に語るシストラム。

 どこか儚げな目をしている事に気付いたとしても、戯れ言で済ませるのが礼儀だろうと言葉をほどく。


「ま、俺に言える事は何も無いさ。現在進行形で恋してる俺が、答えられる問題じゃ無い」

「……」


「……恋が何なのか、なんてな」


 必要の無い付け足した言葉に後悔半分、あとはヤケクソで飲んだっくれるだけ。

 酒なんて飲んだ事は無いが、今は飲んで忘れたい気分だ。そして何より、彼女だけの酒盛りに付き合えないのが胸糞悪い。


「一人の方が良いか?」

「……別に良いにゃ」


 光る二人に、遠目からは見えない悲しい笑顔で手を振りかえしながら、彼女は酔い倒れる様に突っ伏す。

 声にもため息にもなれない唸り声を最後に聞いて、宴会はやがて終わりを迎えた。

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