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贖罪の旅

 思えば、差し伸べられた手は幾らでもあったのだろう。

 見て見ぬフリをしてきた数は知れず、このまま死んでいくのだろうとも思っていた。

 そして、そう思えるくらいに俺は、恵まれて生きてきた人間だ。ここまで荒む必要なんてない。


 どうにも、誰かと出会えば距離を取る癖があった。

 どうにも、距離を縮められれば嫌な顔をする癖があった。


 ……ま、今はどうだって良い。それに浸る暇がある訳でも無し、今じゃそんな俺と違う。


 白い息を吐く刀を構え、刃先の奥にいる黒を睨んだ。

 良い加減にも諦めた事による心の透かしが体を包む。大丈夫、この体の隣には仲間がいる。

 柄にも無く横にいるユーロスに目を向けると、その視線に気付いた彼女は目線を返して笑顔まで付けて来る。


「ようやく、私の目見てくれたじゃん」

「……まぐれだよ」


 それじゃあ、始めようか……。


 即座に、ユーロスが跳んで回し蹴りを繰り出す。

 竜の一撃も片手で足りると……剣も使わずに受け止めたかと思えば、剣を持った手を振りかぶる。


「っ……」


 迫る黒剣を避ける様に、足を手に引っ掛かる様に広げ、力を加えて体を大きく回転。

 そのまま肩の上に乗り、両足を引っ掛けて倒れる様に体重を掛ける。


「おぉっ……⁉︎」


 重心を崩した様に倒れたかと思えば、奴はその剣を地面に突き刺す。

 わざとズレた位置に突き刺した彼は正しく体を保つ事は出来なかったが、それによって上に乗っていたユーロスはそのまま吹き飛ばされ、隙らしい隙を作る事なく持ち直した。


 入る事の出来なかったサイは吹き飛ばされたユーロスと挟む様に位置を取り、向こうの出を待つ。

 ユーロスの方を向けば後ろ首を差し出す事になる。合理的な判断で対象をサイとし、抜いた剣と共に襲いかかる。


 相手の一撃、これはサイにとって避けるしか選択はなかった。

 高温の刀身を急激に冷却、これによって刀は最も硬い組織になる……が、同時に脆くもなってしまう。

 故に、防御で使う訳にはいかない。


 飛び上がったユーロスが彼の背中を蹴り、一瞬のグラつきを見極めて回避……そして、その間にユーロスは蹴りの反動を利用して距離を取る。


「行くわよ……‼︎」


 その叫び声の後、辺りには唸り声が響く。

 そして……それと同時に、空気からの熱が肌を焼き始める。

 急激に上昇し続ける温度。地に生える雑草すら燃え尽きそうなこの世界で、杠葉サイは笑顔を見せる。


「加えて、こいつだッ……」


 無から生まれる炎が彼の一方を塞ぐ。

 そして、ユーロスの放つ咆哮が炎を纏う。空中を目掛けて放たれたそれは、奴の後方……そして、真上を塞ぐ。


「くらいやがれ……‼︎」


 首に狙いを定め、これで終わりだと言わんばかりに大きく叫ぶ。



 ガキンッ……。



 と音を立て、黒剣で弾かれた物。……それは、折れた剣鉈だった。


 そう、ユーロスの炎はともかく、奴にとって俺が生み出した炎は全くの脅威ではない。

 それは認識を騙す為。奴にとって、世界を認識するための手段は視覚ではない。故に、辺りの急激な温度変化、無から生まれる炎に圧倒的破壊力のある咆哮。その全ての情報が瞬時に更新され、この状況下で向かって来る脅威はこの刀である。足りないリソースを使って、そう認識させたのだ。


「……なんってなッ!」


 体を縮める様に飛びながら、弾かれた反動で一回転。折れた剣鉈を手放しながら、既に投げられていた宙舞う刀を握りしめるッ……。

 狙いは首。一度斬りつけた数ミリの傷……‼︎


「いい加減、会いに行ってやれ……大馬鹿、野郎ッ‼︎」





 『ようやく終わる……』と声がした。


 本当に……本当に永い間待っていたのに、やっぱり気付いて無かったらしい……。

 まあ、どうせ向こうでまた会えるだろうし良いかな……。


「勝手に先行っちゃって……」


 地面に文句を叩きつけ、お世話になった彼らの元へ向かう。


 ——あーあ……切り傷、擦り傷一杯で……体があれば、手当もしてあげれるんだけど……。


「何も出来ませんね……私は……」

「俺が勝手にお節介焼いただけだ。気にすんなよ、この馬鹿の首ぐらいは埋めてやらぁ……」

「すみません……何から何まで……」


 深々とお辞儀をした後、愛しい世界に目を向ける。


 ——本当に、綺麗な世界だなぁ……。


 いつ見てもそう思って生きて来た。

 あの時、彼の背中で隠れた景色を私は知らない。この世界の意地汚さを……いつも彼は全て隠してくれた。

 だから、私はそう思う。いつまでも、彼が大大好きな私で居られる様に……。


「この世界に何も残せないのは、非常に残念ですが……今を生きる人達もいる。私達はもうお邪魔者でしょうし、そろそろお暇しますね……」

「残せるものねぇ……」


 生憎その手の職業の子であれど、親不孝者の俺は心当たりが無い。

 何事も、ある物だけで済ませるしかないのだ……と彼は地面に屈み、折れた剣鉈と刀を突き刺した。


「そんじゃまあ、こいつがお供え物って事で……」

「そういうのは、もう少しなんと言うか……お花とかですねぇ……」


 ——ま、贅沢も言ってられないか……。その気持ちだけで十分ですし……。


「それでは、御機嫌よう皆様。本当に、ありがとうございました……」


 いつか見た輝きが、この大地を照らし出す。

 祝福の光を最期に、この世界はようやく幕が下がる。

 ……しかし、既に二幕目は始まっているのだ。まずはそう、俺も感謝の言葉を……。


「……変なの」


 まるで憐れみの目を……いや、確実に憐れみの目を向けた仲間の姿が……そこにはあった。


「いや待って、話をさせてくれ。別に痛い奴とかじゃ無いから……」

「はいはい……。別に言いふらしたりしないわよー……」

「違う! ユーロスさん⁉︎ 経緯を説明させてくれ‼︎ ……つーか、何で俺しか見えねえんだよおぉっ‼︎」


 泣き叫ぶサイさん(十八歳)に背を向け、帰路に就くユーロス。

 どこか満足気に歩くユーロスの事など知らぬまま、弁明を繰り返しながら後に続く。

 どこかで彼らの存在を認めた二人が、世界を作る為今を行く。

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