大罪
敵を殺せと言われた。だから、殺した。それだけだった……。
敵の定義に迷った覚えはある。しかし、自分の心の中には不変の定規があった。
彼女は敵では無いのだと想い続けて……気付けば残ったのはただ一人。そんな彼女を見るのは、ただただ苦しかった。
「良いんです。これは、自分を止められなかった貴方の弱さ。貴方を止められなかった、私の弱さ……。それでも貴方の事が大好きな私を許して下さい……」
血に塗れた機械の体ですら愛おしそうに抱き付く彼女に、返せる言葉は無かった。……いや、そもそもそんな機能は存在しない。
掠れた意識の中で、その未だ幼い体に合わせる様に膝をつく。
「今更人情を繕った所で意味は無いですが……ま、見ていたのは私だけなので許してあげましょうかね……」
返り血を浴びることに躊躇いは無く、ゆっくりと冷たい体に肌を寄せる。
その先の光景を……その罪を一緒に背負う様に、抱きしめるその腕には想いの全てが込められていた。
「不思議ですね……。こんなに人が居た筈なのに、二人っきりで居られるなんて……」
嫌な体だ。見えもしないのに、こんな悲しい笑顔をしているなんて、知りたく無かった。
雲から溢れる神の如き光が、緑に染まった大地を照らす。
きっと、彼女の心もこれ程までに美しいのだろう。恵みが溢れる大地と血で染まった大地……まるで、世界が真っ二つに割れている様だった。
「さて、これからどうしましょうか……? 私たちが新しい人類の祖先になる! なーんて……その体じゃ出来ないでしょうけど。……それなら、心中の方がそれらしいでしょうか?」
その言葉が脳に響いた後、恐る恐る地に伏した剣を取る。
「……ええ、大丈夫ですよ。貴方となら……」
それだけで、躊躇う想いは振り払われる。
地面を再び赤く染め上げながら、抱きしめられた腕に力が籠るのを感じる。
痛みが存在しないこの体に嫌気が差し、素早く終わらせようと体を動かす。
二人を貫くこの剣を強く握りしめ、体の核へと刃を向けるのだ。
贖う事の出来ない罪を犯し、全てを奪い去ったこの体も、救われないまま死ねるというのならそれで良い。
そんな自分に着いて来ると言うのだから……彼女には感謝してもしきれない。
今の自分には、そんな救いの手を拒絶する権利すら無いのだ。全てを運命に委ねよう……。
既に、愛した人は息絶えた。そして、すぐに追いつける。
核に向かう刃の動きがやけに遅く感じる中、頭の中には数々の思い出が蘇っては燃えていく。
——これで終わりだ何もかも。
……そんな言葉を最後に、疲弊しきった脳はシャットダウンした。
そして、男は再び目覚める。
……それは、膨大な情報量が引き起こしたオーバーロード。
核に刃が届く前に、忌々しいこの体の全機能が起こした拒絶反応。
男は、この世界が自ら生み出した地獄なのだと……ようやく理解した。
それが罰なのだと、理解した。
太陽が見下ろす荒野にて、鈍い音が辺りに響く。
風はそんな音を乗せ、太陽は二人をこれでもかと言わんばかりに照し続ける。
両者の振るう刀剣が悲鳴を上げる中、杠葉サイは心の内で焦っていた。
——どうにか振り払って対処は出来ているが……このままじゃ、押されて負けるッ……! 疲れの概念があるのか知らんが、少なくともそれが見える動きじゃ無い。最悪、折れかねんッ……!
「ぐっ……」
——一撃が重すぎるってのッ‼︎
踏み込む足がより深まり、かち合う度この腕に電流が走る。不恰好な動きでも、死ぬよりかはマシだった。
相手の剣に無理矢理合わせた刀が弾かれて左手が投げ出される。
なんとか手放すまいと痺れる右手に力を込め、力一杯押し戻す。
「っ……⁉︎」
そんなこちらの事情など知った事では無い……と、機械的に次の刃が襲いかかる。
——まずいッ……。これは間に合わねえッ……‼︎
そんな直感がよぎり、即座に左手を腰裏に回す。
「あっぶ……ねぇなッ……!」
間に合わせた剣鉈で刃を受け、横から首を狙って刀を振るう。
……が、既の所で躱された。
「あぁ、もう! 片手だとそりゃ力が乗らねえわな‼︎ お前からすりゃ、止まって見えたんだろうよくそったれッ‼︎」
そんな言葉を吐き捨て、受けきれ無い何度目か分からぬ刃に剣鉈を合わせた。
ガキンッ……。
……と嫌な音が頭に響いた瞬間、即座に察知して体を捻らせて剣を躱す。
彼の振り下ろした剣は地面を大きく叩く。黒光りする刀身を横目に、距離を取って次に備える。
「いや……やっば、これ……」
丁度真っ二つに折れた剣鉈をなぞる様に見つめ、額の冷や汗を拭う。
——いい加減、体もあったまってきたし……これ以上打ち合ったら死にかねん。そろそろ、足りない頭で考えた策を弄する頃合いだが……これ決まんなかったら終わりっぽいよなぁ……。
だからと言って、やめる理由になる事はない。
確実な一撃、それを与える策がある。
一撃も攻撃の機会が無く、この刀が通るかは分からない。しかし、この試合を仕掛けた時点で先は二択しかない。
——殺すか、殺されるか……。自分の都合で仕掛けてる辺り、悪役は俺の方だろうな。
折れた剣鉈で刀を研ぐ様に撫で、腰に仕舞って取り出すのは魔術書だ。
左手で魔術書を開き、右手に刀。
こんな少ない準備で万端。不安は残れど結果に変わりは無い。
「来たッ……!」
詰められた間合いに一度バックステップで距離を保ちながら、付け焼き刃の魔術を発動させる。
「流石に、古代に異世界魔法なんてあるわけ無いよなぁ……⁉︎」
それは小さな炎。
しかし、無から生まれた背後の炎を感知した彼は、一瞬の動きで振り返って掻き消した。
もう使えないであろう魔術書を投げ捨て、両の手で刀を強く握りしめる。
腕の力、体の捻り、角度……防御なんて考える必要も無いまま、全力で振ったその一太刀。
酷く簡単な、一度きりの……一瞬を突いて、全ての力を込めた一撃。
自慢じゃ無いが、これ程綺麗な一太刀は初めてだった。
上手く力を入れられずに死にかけたあの頃とは違う、それは確かだ……。
それでも、まだ足りない。
——斬れちゃいねぇ……。
刃は届いた。
あの時の様に力が入らなかった訳じゃ無い。至極当然の様に、斬れなかったのだ。
誤魔化していた恐怖が一気に押し寄せる。熱くなった体が瞬時に冷えていく。
凍った体を無理矢理にでも動かし、フラフラとした体を支えて奴を睨む。
どうやら、自分が出せる最大の一撃は、欠片の傷で終わったらしい……。
「ここに来て、純粋な火力不足とか……古代人の技術に天晴れだな……」
奴の首から欠けて落ちた破片に内心舌打ちをし、自分を見失わぬ様に心を叩く。
距離を取ろうと後退りするが、問答無用で詰めて来る鉄塊。
「サイ君……‼︎」
悲鳴に似た大声を上げる少女の期待も虚しく、追い詰められたサイに死が迫る。
——くそっ……これ、間に合わ……・
「まったく……ひ弱な癖に強がってまあ……」
砂埃を巻き上げながら、一瞬の立ち合いに割り込んではそんな言葉を口にした。
牙を覗かせる様に笑みを浮かべ、素手で受けた剣を振り払って蹴りを入れる。
尻尾を満足そうにグルンと一回転させた後に振り返り、彼女は楽しそうにこんな言葉を口にした。
「世界さいきょーの助っ人、登場ッってね……‼︎」




