稀に役立つ昔の話
「……それで? これからの方針は決まったのか?」
休みがてら、エルスにそんな事を聞いてみた。
基本的にはエルスとシーアの二人に任せ、我々はそのサポートに徹する……と伝えたのが一昨日の昼。
具体的な策は任せた方が良いだろうという判断だ。餅は餅屋にってな。
「そうさな……。正直、議論にあの男が必要無くて困ってる。今までどう誤魔化して来たんだ? あの男……」
「ははっ……実質一人ってか。俺も政治とかの話は、詳しく無いからな……良い話が出来ればしてやりたいが……」
ペン回しの如く、カバーを着けた剣鉈を右手で弄びながらサイは続ける。
「うーむ……聞き手に回るくらいなら出来るか? 一人で考え込むよりはマシだろ?」
エルスは、ふむ……と一考した後『まずは状況説明をしようか』と言って話を続けた。
「現状、小神族と小人族の人間は険悪ムードだ。まあ、原因は私にもあるのだが……その前からも仲は悪かった。そこで、私が提案したのがトップ同士が恋仲と言う状況。私情だらけの策に違いないし、正直上手く行くかさっぱりだ……。今は他の小神族の人間にもまだ話してはいないって所だな」
「ま、別に良いと思うぜー。一石二鳥ってな。良い言葉だ。何かを犠牲にして何かを得る……なんて下らねえ話より、よっぽど良い」
剣鉈を左手に移し、くるくるさせながらエルスに続けるよう促す。
「問題点は、それを受け入れられない層がいる事だろうな。そもそも、異種族間の情事はあまり一般的では無いんだ。子供がどっちの遺伝子を受け継ぐのかもあまり解明されていない…………へぷッ⁉︎」
真剣な顔で話すエルスだったが、唐突に咳き込んで顔を赤らめる。
「べ、別にそんな予定は無いからなッ! 勘違いするなよ、サイ‼︎」
「はいはい。よぉござんすね……」
別に気になってない……と、無関心にそっぽを向いて言うサイ。
そんな空気に萎縮しながらも、エルスは説明を続けた。
「んんっ……そもそもの話だが、この世界には二種類の人間が居る。別世界からこの世界に迷い込んだ人間と、そんな二人からこの世界で生まれた人間。シーアが前者で私は後者だな」
「ああ、確かに。そりゃそうか……」
「受け入れられない、と言う人間は前者の層が多いだろうな。何かきっかけがあればいいんだが……」
大概の人間は、自分に当てはまる物事を好む。
元から異種族がいる世界に生まれた人間は、異種族に対しての警戒心は抱かないだろう。
しかし、そんな異種族が居なかった世界から急に異種族の存在する世界へ。……そして、そんな彼らと関係を深めると言うのは、中々難しい事である。
加えて、種族の集落には異種族が少ない。そういった目的で住んでいる人だっている筈だ。
——きっかけねえ……。
「ああ……あるんじゃね?」
「あるのか……⁉︎」
まさかこんな形で使う事になるとは思わなんだ。
しかし、昔の話も偶には役立つ物だ。実際に、そうなってから気が付く程度の物ではあるが……。
そうして、エルスに一冊の本を差し出す。
その内容は、この世界で紡がれた建国神話だ。
「何だこれは……本? どんな内容なんだ?」
「この世界の神話。ちょっとした趣味で貰ったんだが……普通に異種族婚出てくるぞ」
——思えば、元の世界でも異類婚姻譚とかあるしな……。好きになる相手なんて、分からんもんだな……。
「神話なんて、大抵ろくな話が描かれた物じゃねえけどさ……ありがたい事に前例があるじゃん。やったな」
小神族の人間は神に対して信仰心がある種族だ。だったら、神話に描かれている異種族婚だって尊い物と言えるだろう。
彼らの信仰する神様とは違う物と言われればそこまでだが……そもそもこの世界に現人神が座している訳だしな……。
あのヒルコ様の話みたいだし……無視できる話でも無いだろう。
「なるほど……神話。神話か……」
ぱらぱらとめくりながら、本に目を通すエルス。
見た所、この本を読んだ事は無い様だ。初めて読む本を手に、エルスは少し慣れて無さそうに頼み事をした。
「その……この本、少し貸してくれないか? 思えば祖国……とは私には言えないが、祖父が居た世界の神話は聞いてきたが、この世界で語られた神話を私は知らない……」
未熟な自分を恥じる様に、本を撫でながらそう言うエルスに対し、サイは当然の様に言葉を返した。
「え? 嫌だよ」
……正直、断られるとは思っていなかったのだろう。
建前の言葉であったとしても、本心は悪意なく借りる気満々であった筈だ。
凍った空気を溶かす様に、ゆっくりと時間を掛けながらエルスは疑問を呈する。
「そ、そのぉ……な、どうしてだ……?」
「だって、俺もまだ最後まで読み切ってねえもん……。そもそも俺の物じゃ無……」
そんな言葉を言っている内に、彼も気付き始める。
自分の過ちに。
——ああ、そう言えばそうだった。
『お前って、本当そう言う所だよな……』
顔も思い出せない誰かに、そんな事を言われた記憶。
杠葉サイ……嫌われる要因未だ治らず。
そんな記憶内の言葉と、目の前に佇む若干涙目のエルスに負い目を感じながら、彼は自覚した。
——俺って、本当こう言う所なんだな……。
「ごめんごめん! 別に悪気があった訳じゃねえんだって‼︎ 別に良いよ……持っていって良いから泣くなって……!」
『率直な否定』と言う刃を知らぬまま、曖昧に自分が悪いのだと言い聞かせるサイ。
だって、簡潔で楽だろう?
そんな言葉にならない様な気持ちで言い訳をしながら、エルスを慰める。
……が、
「おー……やってるかー?」
ガチャリと扉の開く音と共に、現れたるはシーアという男。
客観的には……いや、事実としてサイがエルスを泣かせてる状況な訳で……。
「あっやべ……」
この言葉も、状況的には良くなかった。
しかし、言ってしまったのだからしょうがない。
誰が悪いかと言えば、タイミングの悪いシーアが悪い。泣いてしまったエルスも悪い。
いやはや……勿論、俺が悪い。
「サイがぁ……えぐっ……急に変な事言い出してぇ……」
「あ?」
「待って、違う。いや違わないけど……おっけー分かった。取り敢えず、その馬鹿でかい槌を降ろそう。男同士腹を割って話せばわヵるたぁッ⁉︎」
そんな言い訳の最中に、ググッと溜められた横薙ぎに放たれた槌は、突風を起こしながら目の前を通り過ぎる。
風圧だけで倒れそうな体を必死に支える。舞い上がり、体に纏わり付いた紙が重力によってひらひらと落ちて行く最中、シーアは気だるげに呟いた。
「ったく……血だらけの体じゃ、皆んなに顔向け出来ねえわなぁ……」
「さんくすめぇん……」
首筋辺りに残った紙を手で払いながら、恐怖で縮んだ声を出す。
そんな言葉には無関心に、シーアはエルスの慰めに入る。
「おーよしよし。こんな堅物相手に何したんだよ……」
「子供扱いするなぁ……馬鹿ぁ……」
「悪かったよ……」
シーアから小一時間の説教を食らった後、ひとまず方針は決まったと報告。
選挙だのと仲間同士で争い合ってる政治は苦手だが、出来る限りの事はやろう。
しかし、俺の中での一番問題は、別にある。
——取り敢えず、愛しの彼とやらに会ってみないと分からんな……。
噂じゃ武器は剣のみ。魔術を覚えて……後は刀、剣鉈の技術。
勇者や英雄に止められるべき存在な訳だが……まだ生き永らえている以上、この世界に彼らは居ない様だ。
ああ、クソッタレ。なんで一般市民の俺がそんな厄介払いをせにゃならんのだ。
気に入らねえ、気に入らねえが……。
——それ以上に、あの二人をほったらかしにする自分じゃあ好きになれん……。
何千何万年と生き永らえた二人。
家族を殺め、友を殺めて、最愛の人まで手にかけて……断罪を求めて、彷徨い続けて……。
それでも慕う彼女に気付けないまま、永劫の時を生きていると言うのなら……。
終わらせてやろう。迎えるべき滅亡を、彼らの元に……。




