酔い
「それで、結局あんたは何者な訳……?」
「おっと、そういえばそうだったにゃ……」
そう言うと彼女は立ち上がった後に手を胸に当て、演説する様な姿で自らの名を口にした。
「うちの名前はシストラム。獣人族と呼ばれる種族だにゃ! 人間と猫が混ざった獣人。ま、取り敢えずよろしく頼むにゃ」
「そもそも、獣人が何たるかを詳しく知らない我らであるが……」
「えーっと……混ざる?」
「……そこの説明はいずれするにゃ。次行くにゃ! 因みに元の世界の名前じゃなくて、これからこの世界で名乗っていく名前でも良いにゃ。……うちもそうだしにゃ」
「……その理由は?」
これまた異世界の常識かと訳を聞く。
さながら、ネットのアバターみたいだなと適当に思っていた。
そしたら、適当な言葉が返ってきた。
「元の世界の生活を忘れて第二の人生を……って人が多いからにゃ……。うちもそれ真似しただけだけど……」
——別に深く考えた訳では無い。そういう事だな……?
「一応、元居た世界の知り合い同士が、物凄く仲が悪くて大惨事だった……って話も聞いた事あるけどにゃ。……そんな偶然、滅多に無いにゃ」
——そういう事……なんだな?
馬鹿馬鹿しい話はやめだ。
ささっと次に移ろう。他人の自己紹介は邪魔しちゃいけない。
「私は……サチと呼んでください。えっと、どの種族に入るかは分かんないんだけど……多分、彼と同じ? になるのかな……」
「種族は見た目で分かるレベルで違うから同じだと思うにゃー。多分二人とも飢人族だにゃ。よろしくにゃー」
——よろしくお願いしまーす……。
特に理由もないまま、心の中で留める。
強いて理由を挙げれば、面倒臭い。
……さて、自分の番が回ってくる。
自己紹介。
話し下手全員が嫌いだと断言するこのイベント。
だが、俺には秘策があるッ!!
椅子を膝裏で蹴飛ばしながら立ち上がり、口を開けば独壇場。
凛々とした目を輝かせ、まるで小学生の様な心持ちで……。
「杠葉サイ十八歳! 千星高校三年! 好きな食べ物は焼き魚です!」
秘策。テンプレート引用である。
尚、学校名を語る無意味さは百も承知である。
「え? えーっと……」
「取り敢えず、椅子は直すんだにゃ」
「……はい」
ガタガタとボロい……失礼。年季の入った椅子を元に戻して席につく。
おかしい。……何故こうも引かれるのだろうか?
「なんか……うるさい?」
「結構、うるさい」
——あれ、秘策文句言われてる……?
どこからともなく聞こえてくる声、その発信源に目を向ける。
てとてと歩く小さな生き物……と言うか人?
大きさで言えば、手で収まるくらいの二人が、目を擦りながらディスってきた。
「ああ、丁度いいにゃ。紹介するにゃ、この二人が妖精族。赤い髪の方がアーで、青い髪がルヴにゃ」
『はい……』と名前を呼ばれた二人が眠そうに手を上げ、シストラムの手によって机の上に運ばれる。自力でよじ登る事は出来ない為だ。
「お昼寝中……だったのかな?」
「比較的、そう……」
「どちらかと言えば、そう……」
「何その曖昧なアンケートの回答……」
独特な会話の間で喋る二人。どうやら、一語一句考え込んでいるようだった。
「この二人は、新しく来た二人にゃ。今この世界の説明をしてた所なんだにゃー」
『なるほど……』と納得した小さな二人を他所に、世界の説明という言葉を聞いて少し、忘れかかっていた疑問が浮かぶ。
「あのさ……ちょっと聞きたい事あんだけど……」
「ん? なんにゃ?」
無かったらどうしようか、という不安。そもそもの人見知りも混じり、言葉が詰まる。
帰りたいとは思わない。俺は、あの世界が嫌いだ。……それでも、帰る理由がある。
少しだけでも、このまま居ても良いのかな……などという感情は振り払う。
帰るのだ。ならば聞かねばなるまい。
「……元の世界に帰る手段。あるなら聞かせてくれ」
顔を見合わせる先輩方三人。隣のサチも気になっているのか、目線は合わない。
「まあ……一応、あるにはあるにゃ」
その言葉に安堵する。しかし、『一応』というのは気になる。
なんとなく、赤みがかったシストラムの顔も少し気になる……。
「でも皆んな……あんまり帰りたがらない」
「案外暮らしやすいし……適応するから?」
「で、その方法は……?」
彼女は一度『うーん』と唸った後にジョッキの残りを飲み干し、大きく息を吐きながらその方法を語った。
「……現人神様、と呼ばれる方がいるにゃ。その方の試練……? 的な奴をクリアしたら帰れる……らしぃにゃ?」
酔いが回り始めている彼女の話から察するに、『そういう様な話がある……らしいよ?』レベルの物。
しかし、本当に帰ると言ってそれから見なくなった人間もいるらしく、都市伝説みたいな話とは言え、それなりに現実味はある様だ。
「その現人神様? って言うのは実在する方なんですか?」
長らく聞き取りに専念していたサチさんが口を開く。
それなりに彼女も真剣そうな顔はしているのだが、肝心のシストラムは机に突っ伏しながらである。
「ん、まあ実在はしてるぅ……にゃ」
「あ、じゃあ一応会う事は出来るんですね……」
——現人神様……会えるか?
「と、言うか……茶番」
「へ?」
「シスちゃんは……数少ない帰りたがってる人だし」
「ちゃっちゃと……帰りたいのか……聞・け」
——ああ、成る程……だからああやって話しかけてきたのか……。
小さな体で指差す二人。
左右の二方向から指を差された肝心の彼女はというと……酔っ払いであった。
「だってぇー……来る人に声かけても皆んな帰りたがらないだもぉん……。ここまで来るとぉ……モチベも下がるって、もんでしょぉおお……。……にゃ」
やはり語尾はキャラ付けなのでは……。
そんな事を考えながらも水を一口。こうなるなら飲むなよ……と、子供ながら思う。
手に持ったグラスをダン……ダン……と机に打ち付けながら酔っ払いの戯言。それを聞かされるのは非常に怠い。
「どーせ、皆んな慣れて行くしにゃぃ……。現実は、非情だにゃ……」
「……これが、泣き上戸って奴か」
「そうとも……言う?」
「実際……めんどくさい……」
「あはは……」
散々に愚痴る獣人。
意外にも毒舌の妖精二人。
経験上聞き流す事に徹する俺。
そして終始苦笑いの同郷人。
——なんだこの状況……。
彼らが『元の世界に帰る』という同じ意思を共有するのは、暫し後になる……。