初恋と恋
不埒な策が失敗に終わり、自業自得である事は認めつつもそれはそれとして許さない……と誓い、自分の部屋に戻る最中、偶然サチと出会った。
こうして真っ正面に本人が居ると、失敗に終わったとはいえ罪悪感を感じる。
気まずさからか何も話さずに部屋に戻ると決めたサイだったが、彼女から話しかけられては立ち止まるしかあるまい。
彼女の口から『少し外に出ようよ』と言われ、不埒がバレたのではと危惧していたが、そんな訳では無い様だ。
矮小な自分に自己嫌悪しつつも、ようやく見えた星空の下で二人……語らいを始める。
「元いた世界じゃ、そろそろ暑くなり始める頃だねぇ……」
季節感……と言うのはこの世界に置いてあまり気にしていなかった。
——けど、そうか。そうだよな。
ここに来たのが高校生活の新学期が始まってから。夏の『熱さ』に浮かれる学生が増えてもおかしく無い。
「早く、帰れるといいね……。待ってるんでしょ? 好きな人」
「いや、別に待ってくれてる感じでは無いかな……。一方的に好きで知ってるだけで、向こうが俺の事知ってるのかすら分からん」
「そっかー……。でも私、その娘はサイ君の想いに気付いてると思うよ? 女の子って、結構見られてるなー……って言う視線、勘付きやすいんだからー。トラちゃんなんて、特に気付きやすいだろうなぁ……」
「げ、って事は俺がちょくちょく視線行ってんのバレてんのか……」
「ふふっ……多分ね……」
サチさんは子供が悪戯を成功した後の様に笑うと、今度は感慨深い様にため息を吐き、静寂が訪れる。
小っ恥ずかしさからかそんな静寂に耐えられず、何を喋るかも決めないまま口を開いた。
「そういや……サチさんは……」
「呼び捨てでいいよ。同い年だし」
「あ、そうか……。じゃ、サチは…………サチこそ、元いた世界で好きな相手とか居なかったのか?」
「んー、そうだなー……。気になってる人は居た……って感じかな」
「恋になる前って感じかね? 俺は一目惚れだったから、そんな感覚は無かったな。今もそうなのか?」
「今は……違うかな。元の世界に居た時の話……みたいな……」
「そっか。まあ、そういうこともあるかー……」
——現在進行系で初恋を経験している俺にとっては、昔好きだった系の話題は理解も出来ない話だな。
今抱いている感情が、冷めてしまうとは考えたくもないしな……。
そして、二度目の静寂が訪れる。
小さな虫の羽音すら聞こえそうな静寂は、どういう訳か一人で居る時よりも気が楽な様に感じる。
気付かぬままに眺めていた星空に吸い込まれそうな感覚を覚えた直後、サチの声でふと我に返る。
「そう言えば、サイ君の呼び方どうしよっか? 私の事だけ呼び捨てってのも変な話だよね」
「ああ……ま、好きに呼んでくれ。付いたままでも付けなくても。まともに名前を呼ばれる方が少なかったから、もうどうでも良くなったしな……」
「そっか……じゃあ、私の呼びやすい名前とかで良いかな?」
「ああ、どうぞお好きに……」
——良い加減、風邪引くかもだし中に入る頃合いだろう。
こんな所、風邪で休んでる暇は無い。こんな所……というのはこの世界全体の事だ。この宿は良い場所だ……風呂場はさておき。
そんな事を思っていた矢先、サチがすっと立ち上がると、こちらに手を差し出しながら口にする。
「それじゃ、これからよろしくね。もみじ君っ!」
どこか懐かしさを感じさせながら出てきた『その名前』に呆気を取られ、暫く手を動かせなかった。
迷子になっていた血液が正常に巡回し始め、腕にその熱さを感じながらその手を取る。
「そ、そうきたか……。まあ、良いって言ったのは俺だけど……」
「い、嫌なら変えようか?」
「良いんだよ。ただ、ちょっとびっくりしただけだ」
——その通り、突然『あの感覚』を覚えた様な気がして、動揺しただけだ。
世の中には不思議がありふれているものだ。
まさか、恋をしている最中に新しい恋を生むなどと……。
いや、やっぱり気のせいだ。ただ、そう……。
ファンタジーと言う名の『熱』に浮かされているだけなのだ。




