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恋の意義

 率直に言おう。美しかった。

 目が覚めて、ここが理想郷なのだと言われたら信じてしまう程に。


 重力を無視した流水のアーチをくぐり、異世界へと足を踏み入れる。

 淡く照らす木漏れ日は、辺りに浮かぶ水滴でキラキラと乱反射し、異様な明るさが世界を包む。

 そんな異世界に圧倒されながら、最奥へと歩を進めて行く。


 開けた場所では小神族の少女達が輪になって踊りを披露しており、先程の光が彼女達に一層神秘性を与えている。

 ログハウスの様に丸太を組んでできた住居には蔦が絡まっているが、綺麗な色をした壁が廃墟さ、古臭さを感じさせない。

 そんな世界を歩く事に酷く抵抗があった。自分には相応しく無いのだと……。


 最も威厳のある一族の長が住まわしき場所にたどり着くと侍女らしき人間が二人、両脇で見張っている。

 場所……と言うのも見える限りは庭園しか見えず、生垣からトビウオの様に躍動感のある水のアーチが交差し、正面の噴水の周囲には花。その奥に小さく見えるのは白く、天井に旗を掲げた建物だ。よく見えないが、恐らく各種族の紋様が描かれているのだろう。


「すごい……」


 小さく零したサチの声に目を向ける。


 ——花より女子って奴ですかね……これ……。


 どことなく感じた悲壮感を背中に乗せて、サイは歩を進める。

 偶然目が合った小神族の少女達は、大して関わりも無いこの男ににこやかな笑顔と共に小さく手を振ってくれる。

 鏡を見ないでも分かる程のにやけ顔を晒しながら、手を振り返す姿は忘れて欲しい。


 ——と、言うか……何で異種族様はこうも露出度の高い服を好んで着てるんだよ……⁉︎ もし、俺が公衆の面前で鼻血ブー‼︎ でもしたらどうしてくれ……


「あっ……」



×     ×     ×     ×     ×


 小神族大公 エルスの部屋


「えー……この度は、誠に申し訳なく……」

「いや、良いんだ。そう言う事は誰にでも有り得る話じゃないか……」


 本当、ティッシュペーパーに当たる物があって良かった。

 後ろにいるシストラムからは軽蔑らしき目を向けられている気がするが、今は置いておこう。これからもな……。


「改めて。私は小神族を仕切らせて貰っているエルスだ。よろしく頼む」


 長く金色の髪を靡かせながら自己紹介するエルス。

 その姿、背の高さからは男勝りさを感じさせ、さながら女騎士かと勘違いしてしまいそうな容貌だが、残念ながらその様な格好はして居ない。

 むしろ、警備の人間ですら武器となる物は持ち合わせておらず、腰のあたりに魔術書らしき本が布で巻かれている。


「それで、君たちは何用があって来たんだ? 私に用があると言っていたが……」


 思わぬ敵からの出血を負ったその後、偶然庭の正門を通りかかった彼女が介抱してくれ、話を聞くに大公なのだと知り今に至る。


 ——ふむ……物は言い様だな……。ちっとも恥ずべき場所が無い。


「私達、小人族と小神族の仲を取り持ちたくて……。聞けば、エルスさんがシーアさんに対して冷たいとか……」

「仲違い……良く無い」

「嫌いでも……同じく」

「う、うむ……。まあ一度、君達の話の全体像を聞かせてくれ。それから、こちらも話をしよう」




 ……そんなこんなで十数分の説明をした後、エルスは部屋に居た侍女達を外に出し、話し始めた。


「概ね分かった。つまり、私達小神族とあのゴミクソアリクイが仲良く出来れば、君たちの目的は達成する訳だな」

「ああ、そういう事だ。因みに、たった今半ば諦めた」

「まあ、私としては立場もある。一度過ちを犯しはした事はあるが、なんとか抑えているつもりだ」

「ほんの数十分の関係ですけど……そうでしたっけ?」

「しかし、やはり言っても聞かん人間は居る。こうも嫌いあった種族同士とは言え、外交に支障をきたすのは大変よろしく無い。しかしだ……」


 体をわなわなと震わせながらテーブルをダンッ……と叩き、拳を握りしめながら彼女は宣言した。


「なにより……! この私があの隻眼を大いに嫌っているのだッ‼︎」


 なんとなく、感じていた事をきっぱりと断言するエルス。

 最悪のケースと言っても差し支えない。



 ……しかし、世界は回転する。



 否、既に回りきっていた世界を……誰も知り得ぬまま過ごした彼女も、やがて気付き始める。

 今まで己の見ていた景色を……。


「あの男を見続けていたら……心が灼けてしまうのだ! 近付くだけで体温が異常に上がるから近づきたく無いッ! 考えるだけでもやもやするから考えたく無いッ‼︎ 声を聞けばむず痒くなるから聞きたく無いし……触れられでもしたら……あぁ! もう、どうなるかッ⁉︎」


「……。あー……おっけ」


 ……さて、高らかに『好きです』宣言を掲げたに等しい彼女の言動に困惑する一同。


 気付き、慌てふためく少女。

 どう斬り込むか、虎視眈々と探る少女。

 その手の感情はあまり理解できず、傍観を貫く少女達。

 大変だなぁ……と他人事に尻尾を噛む少女。


 そして、パーティ唯一の男である彼の心の内はこちら。


 ——成る程。これはなんとしても手助けせねば……。


 割と本気で彼女に向き合っていた。

 敬意するお爺様に見合う大公になるべく、人生の全てを捧げた彼女。

 事実、異例の若さで大公の座に就いたエキスパートである。


 故に、色恋の経験などある筈も無ければ、自分に縁のある物だと思ってはいなかった。

 加えて言うなら、筋金入りの箱入り娘。

 『好き避け』を嫌いだと勘違いしてしまうぐらいには、浮世に疎く育った人間なのであった……。

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