魔法と森
朝。受付前にて、ユーロスは跳ねた頭をわしゃわしゃと掻きながら姿を表した。
「おはよー……」
「うにゃー……。サイはまだ来てないのかにゃ?」
「まだ寝てるんじゃ無い? サチちゃんは?」
「寝癖がー……。とかずっと言ってるにゃ。あっちの娘はみんなあんな感じらしいにゃ」
「ふーん。大変そうねー……」
「そっちはそういうの無いのかにゃ?」
「私? ……私は多分、竜ぱわーでなんとかしてるんじゃない?」
「なんにゃそのぱわー……ってあれ? なんかデジャブ……」
眠気十割のそんな会話に疑問を抱くシストラム。その数秒後、寝起きのサイが姿を見せた。
両肩にはアーとルヴが座っており、お互いが外側の手を上げる形で挨拶し、サイもあくびを噛み殺しながら椅子に座る。
横ではユーロスが尻尾を噛み始めたりしているが、どうやら慣れてきたらしい。
「男は寝癖を気にしないんだにゃ……?」
「……ん? 何その話。ふぁーあ……」
——ちょー寝不足……やっぱ、努力なんて好きになれんわ……。
暴れた髪をゆさゆさと揺らしながら、眠らない様に目を擦る。
疲れた後の風呂の至極さは語るに及ばずだが、疲労の残り香が残っている事も、言うまでも無いだろう。
「二人も一緒なんだにゃ?」
「さっき出会った……」
「拾ってくれた」
妖精族達の声がダイレクトに両耳を響かせる中、サイは昨夜の声について思考を巡らせていた。
——あの声、なんだったんだろうな。
気のせいの様な……そうでも無い様な……。
少なくとも、辺りを見渡しても誰も見つからなかったと言う事実は確かな訳で……居ないのならば仕方ない。
ま、気にしていても仕方がない。仮に気のせいじゃ無いのだとしたら、話ぐらいは聞いてやらぁ……。
「ねむねむ……」
「ぐーぐー……」
「はむはむ……」
「にゃー……」
「このパーティみんな朝弱ぇじゃねえか。……あなたも良い加減、噛むのやめなさいよ」
果たしてこの行為は、体にとって負荷を掛けないのだろうか……?
異種族の体の作りなぞ知らんが、良いもんでは無い気がする……後汚ねぇ。
その後、会話は始まらなかった。
各々が各々の眠気と闘っており、かくんかくんと首を落とす姿は赤べこのそれ。
ここに、土産屋が開かれていたのを本人達は知る由もない。
「おまたせー……」
少し遅れて合流してきたサチを迎え、数分の時間を雑談に使った後、宿を後にしようと歩を進める。
メンバーがぞろぞろと宿を出る中、最後尾のサイは出入り口の近くでこんな会話を耳にした。
「……そう言えば、あの黒い奴……最近ここらを徘徊してるらしいな」
「そうなの? 一応、害は無いって昔から言われてるけど……不気味よね」
「噂じゃ、歯向かって来た奴は皆殺し。魔物の連中の数は減るけど、やられた仲間を見て何もせずに逃げて来る奴も居るらしいからな……。気をつけないと……」
「そうね……。傭兵を雇うのも考えておかないと……」
「あいつ自体、別に害はないけど……ある種災害チックの良い迷惑な奴だよな……。子供の頃は、怪談話みたいでわくわくしてたけど……」
そんな気にも留めない噂話を聞き流し、駆け足で追いつく。
一行は、小神族の集落……アルヘームへと。
森の何処か
ふと、声がした。
静かな森に……若い声だ。
ここは人里離れた静かな小屋。誰も気に留めないし、私自身も干渉はしない。
人が通る道は無く、やってくるのは動物達。
気の遠くなるほど長い一生を、静かに暮らす為に費やした。
そして、これからも……。
「……」
若い子達だ。
飢人族、妖精族が二人、獣人族と竜人族が一人ずつ。
客人は初めてだ。
何を話せば良いのだろう?
どうやって持てなせば良いのだろう?
「あー……小神族の方で?」
「……ああ、そうだね」
きっと彼らも長居は無用だろう。
問う気は無かったし、あまり興味も無かった。
後ろに手を回し、一手打とうとする前に、彼らは答えた。
「集落って……どっちですか?」
「僕たち……迷子」
「お腹……空いたぁ……。尻尾はもう勘弁……」
「これだから……竜人族は燃費が悪いんだにゃ……」
「力を使う分、エネルギーは必須……彼らのパワーを考えれば、至極当然……」
「何事にも、長所短所はあるもんだな……」
——この森で、飢え死にされても困るなぁ……。
「さて……口に合うかな?」
シストラムとユーロスの先導も虚しく、森に迷い込んでしまった一行。
今晩はユーロスの尻尾でも切り落とそうかと画策していた所、偶然出会った老人の家になだれ込み、集落であるアルヘームの道筋を聞こうとしていた。
「今ならなんでも食える所存……。それはさて置き、美味かったがな」
「とっても……美味しいね」
「ね……」
アーレヴァと名乗った老人は腹を空かせた我々に、きのこスープの様な料理を出してくれた。
木で作られた皿やスプーンは元の世界の北欧らしさを感じさせ、温かいスープが喉を通って空腹を満たす。
インテリアや部屋の内装は多く無く、殆どの場所を本棚が牛耳っており、網目状の木製電球が柔く辺りを照らしている。
「アーレヴァさんはどうして人里離れてここで暮らしてるんだにゃ?」
「少し、人付き合いに疲れてしまってね。……ああ、でも遠慮はしなくて良い。こうしてたまに触れ合うのは嫌いじゃないし、不定期に人里に訪れたりはしているからね」
後ろに手を組みながら笑顔で話す老人は、そのまま続けて彼らに問いかけた。
「君たちこそ、こんな場所に何の用だい? 迷子と言っていたし、アルヘームへ向かう途中だったのかな?」
「いぇーす。目的はー……なんだっけ……?」
「元の世界に帰る為に、試行錯誤しております……。取り敢えず、話だけ聞かないとね」
「ふむ……それじゃ、こんな小屋でくつろいでて良いのかい?」
やけに耳に透き通る彼の声をなぞる様に、本来の目的を思い出す。
「ん? む……。た、確かに。時間は沢山ある訳では無いのか……?」
「それじゃ……長居する前に行くかにゃ?」
「そうだね……。お爺さん、本当にありがとうございました。ご馳走美味しかったです」
「いやいや、良いんだよ……」
そうして、彼らは旅立つ。
他人事の老人は、ただ迷い子が現れたと言う日常の一ページとして片付ける。
彼らが自分の宝物に、どれだけの影響を与えるのかも知らずに。
「その旅路に祝福あれ……」
そう呟いた後、背に隠れた『魔法陣』は崩れていった……。
投稿時間が適当な事に罪悪感を覚えてきました




