自業自得
ユーロスを探すと出ていったシストラムは、結局見つからなかったのか一人で戻ってきた。
理由としては、この休憩所の運営サイドから仕事を持ってきたらしく、その為に探していたらしい。
丁度戻ってきたタイミングがサチさんの練習再開前だった為、三人で請け負う事になった。
内容は近くにはぐれてきた魔物達の討伐だ。
妖精族の二人は戦闘も出来ないし、早めの就寝に入った様で……きっと今頃、すやすやと良い夢でも見てるんだろう。
正直、彼女達はただ人助けで付いて来てくれてるだけで、元の世界に帰りたいと思っている訳でも無し、手伝えとは言えん。
——ただ、形式的に傭兵として雇ったあいつは許されんだろう……。
そんな若干の不満を抱きつつ、休憩所とは少し離れた場所に根を下ろした魔物達を討伐すべく、物陰に息を潜めている所だ。
相手の数は五匹。数的不利な状況……と言う事で、作戦はこうだ。
陣形は三角形で相手を囲む形だ。
彼らに気付かれない内に、サチさんが頭に不意の一矢。
ここで奴らには気付かれるだろうが、もう一本を射つ時間はある。これで二匹目。
その内に、サチさんの反対側から俺とシストラムが一匹ずつ。
後は一対三だ。どうにでもなるだろう。
合図はサチさんの一撃目が放たれた時。
俺が狙うのは一番手前の阿保面だ。
刀を抜いた状態で時を待つ。身軽だし、ナイファーらしく剣鉈を使えば良いのだが……至近距離での命の奪い合いと言うのは、言葉にし難い感触がある。
——所詮、ゲームはゲームだな……。
そんな思考が頭を過ぎる中、左奥で岩陰からサチさんの弓を引く影が見えた。
そして、放たれる
風を切る音と共に、シストラムとほぼ同時に突っ込む。
サチさんがもう一手を打つ前に、目の前の魔物に一太刀。手応えは十分だ。
ちらと横を見ると矢は一匹の頭を的確に捉え、シストラムも作戦通りに動けている様だ。
そして、再び放たれる
「ッ……‼︎ ごめん! 頭外した‼︎」
離れた場所からサチさんの叫び声が響く。
魔物はしゃがれた悲鳴をあげた後、怒りを込めたうめき声を鳴らす。
状況はシストラム側と俺側に一匹ずつ。シストラム側にいる一匹の右腕に矢が刺さっている状態だ。
「そっちは頼むにゃッ!」
無言で刀を構え、向かい合う。
先手は魔物側、頭を両手で守りながら突っ込んでくる。
——落ち着け……知性は高くない。冷静に対処すれば大丈夫……。
右にステップで回避をすると、魔物はスピードを急激に落とし、右腕を大きくぶん回して攻撃してくる。
「ッ……!」
刀はさほど耐久性が無い為、下手に受ければ折れかねないし、受け流しなんて技術も無い。
つまり、ここで剣鉈の出番だ。
左手で腰に付けた剣鉈を取り出し、向かって来る右腕に対し、刃を置く。
「グァァッ……!」
剣鉈の刃は、奴の力が加わって腕に突き刺さる。
吹き出した血が顔に掛かった事に内心舌打ちをしながら、怯懦な心を再喝する。
魔物は痛みから少し後退りし、剣鉈を右腕に刺したまま距離を取る。
一瞬の見合いがあった後、右腕をだらけさせながら次は左腕で攻撃してきた。
「ハァッ……!」
その瞬間、サチの矢が放たれた。
「グッ……」
「サンキューアシスト!」
矢は魔物の横腹を捉え、一瞬の怯みを狙う。
動きが止まった相手を正面から切るだけだ。実に簡単な作業の筈。
——しかし、やけに倒れるのに時間が掛かるなぁ……。
動きが遅く見えるのは自分が死地に立った時。今立っているのは相手側のはずである。
うーむ……うん、現実を見よう。
「あー……やべ」
魔物の体……斬りはした。
ただ、斬り抜けなかった。
何故か?
「ミスった……」
実に気まずい空気が二人に流れる。
刀に上手く力を伝えられず、肩に深く傷を付けた程度で止まってしまった。
一先ず、このままじゃ痛いだろう。早くとどめを刺してやろうと刀を抜く為、手に力を加える。
色んな方向から引き抜こうとしてみたが、ニチ……ニチ……と嫌な肉の音を立てるだけでびくともしない。
詰まる所、俺はたった今立たされたのだ。この心を抉る様な三途の前に……。
——言い訳をさせて欲しい。
刀を貰ったのは昨日の今日だし、今まで持った事すら無かったのだ。
こんな重い物振り回すなんて経験が無い訳だし、俺にとっては今朝起きれただけで賞状ものだ。そうだろう?
「ッ……。間に合わないにゃ……‼︎」
死ぬかも知れない。
初めて抱いたそんな感情に体は言う事を聞かず、それでも世界は動き続ける。
相手も必死で攻撃の態勢をとる姿に冷や汗を垂らしながら、それでも体は固まったままだった。
「サイ君……‼︎」
「あっ」
最期の言葉はこれで良かったのだろうか……などと後悔した直後、襲い掛かった魔物は視界から消える。
「どっ……せえぇーーーいッ‼︎」
魔物の代わりに視界に映った物、そしてその心の内を説明しよう。
まず、魔物の頬を突き刺す形で少女の足が見える。阿呆面を歪ませる爪先から、白いふくらはぎにかけて流れていく。
お次は柔い太もも。そこまでくれば、皆十分理解出来る筈だ。
「ッ……‼︎」
決して瞬きはしないと決意し、目を見開いた。
事実、死地を迎えていたのだ。スロー再生だって文句は無いだろう……?
それはまるで、コマ送りかの様に捉えたその視界には……。
「クッソ、下から見えねえじゃんッ‼︎」
下着を捉えることは出来なかった……。
——ああ、やはり神は嫌いだ。
刀を放り出し、行き場の無い暴力を地面に向けて大いに嘆く。
ユーロスには今後スカートを履く様指示しよう。例え、世の女性全てを敵に回しても……。
「危なかったにゃ……」
「いやー帰ったら皆んな居なくなっててさー。近くに居た人に聞いたら、仕事任せてるーみたいな話聞いて……。一応追っ掛けてみましたっ!」
「……」
男は嫌いだった。
これはこれで自分らしい、と思う自分が……。
「ケッ……」
「危なかったねー。大丈夫?」
「あ、ああ。マジで助かったわ。さんきゅな」
差し伸べられたユーロスの手を取り、立ち上がると『一瞬でも女子と手を繋げた』とポジティブ思考で自分を鼓舞し、虚しいガッツポーズをした。……心の中で。
サイとサチが矢や剣鉈を回収する中、シストラムは探し果てていたユーロスに問いかける。
「探して居なかったから置いていったんだけども……どこ行ってたんだにゃ?」
「ゲホッ……。んー……まあ、ちょっとね……」
「……喉でも痛いかにゃ?」
首元に手を当てて咳き込むユーロスは、嫌な話題が来た……と言った感じではぐらかそうと話を変える。
「まあまあまあ……そんな事より、どうしたの? すっごい危なかったじゃん?」
「えー……まあ、私のミスです……。すいません……」
「だーから、練習しとけって言ったんだにゃ」
「うぐ……」
——サチさんにやらないって言った反面少し気まずい……。
どんな言い分をした所で、自分が責められるのは分かっていた。
だって、俺が悪いんだもん。謝るしかない。
「いや、元はと言えば私が二手目を外したのが原因だから……。私の方が悪いよ、ごめんね? 味方に当てない様に……って考えたらちょっと怖気付いちゃって……」
——理論値レベルの立ち回り。女神か……? お付き合いを前提に結婚してください。
「ふーん……。ま、実際助かったし良いんじゃ無い? それに、こっからは私と言う超ッ……強力な助っ人がいるんだからねっ!」
「すんませんした……」
刀を納め、土下座して謝るサイ。
誠意を込めた謝罪の後に上を向くと、ユーロスが自信満々で尻尾に噛み付いており、残りの二人はそれを見て困惑している。
——あれ、これに似た構図どっかで見たか?
ついさっき、ボディプレスで泣き付かれた事を思い出し、変な気持ちになりながらも立ち上がる。
……とは言え、彼女にどんな対応をすれば良いのか分からんので話を変えよう。
「えー、俺が仕切るのもなんだが。取り敢えず目標は達成したし、飯でも食おうぜ。レッツバーベキューッ!」
「……ま、そうだにゃ。仕事帰りの一杯でも洒落込むかにゃ」
「あ、やっぱバーベキューに良い思い出無いんで、チェンジ良いですか?」
「何があったのさ……」
「強いて言えば、何も無かった……」
良くある苦い思い出だ。いや、味もしないかな……。
結局、金銭的にも小規模な宴会で済ませた後、解散して就寝時間になった。
まだ静かに飲んで談笑しているおっちゃんの声が聞こえるくらいには辺りが静かだ。
そんな彼らの明かりが薄く照らす中でサイは一人、刀を振っていた。
——別に努力が好きな訳じゃ無い。
ただ、努力をしない訳でも無い。……なんとなく、努力をしている自分は見せたく無い。
これまで自分でも理解しきれない気持ちに嘘は吐けず、それは今日も同じ事だった。
「しんどいな……これ……」
努力は他人に称賛される為にするのでは無い。それは自己満足の延長線上にある『おまけ』で済ませるべきだと思うのだ。
汗が夜風で冷え続け、体は暑いんだか寒いんだか分からなくなって来ている。
取り敢えず、喉は夜の空気を取り込んで冷えきって痛い事は確かだ。
刀を攻撃に……剣鉈を防御に、イメトレぐらいしかできる事は無いけど……得るものはあるだろう。
ゆらりと薙ぐ様に……心を鎮めて振るう中で……。
少女の声が、聞こえた気がした。




