人並みの努力
「……と、言う訳で傭兵のユーロスよ。よろしくねー」
「……」
何故か圧力を感じる後方に関しては、取り敢えず保留しておこう。
十数分程この空気で探したパーティメンバーとそれぞれ合流し、説明と自己紹介を済ませた今、彼女を雇うか否かの議論が……脳内会議だけでは済まなくなったらしい。
「えっと、獣人族とは違うんですよね……?」
「獣人族は、獣の野性と人の理性が混ざった生き物だにゃ。魚とか、蛇とかは獣じゃないからにゃー……」
「そ! 蛇じゃ無くて、竜なの! 散ッ々そう言ったのに、蛇って言われたから腹立って……。それで、あのザマよ」
尻尾をぶんぶんと振り回しながら怒りを露にするユーロス。
——その尻尾はどう見ても蛇にしか見えんのだが。
しかし、それを口にすれば彼の二の舞になるのだろうと言う保身の為、言葉にはしない。
「でも、竜人族は尻尾以外にも、体の一部に竜鱗が生えてくるんじゃ無かったかにゃ?」
そんな言葉を掛けられたユーロスは嫌な所を突かれた様で、目を逸らしながら頬を掻く。
「竜鱗が生えるのは……竜人族の……成長過程の筈」
「つまり……成長しきって無い?」
妖精族の問いかけを無かったことにしたのか、自分が竜人族である証明を、とユーロスは口を開く。
「私が竜人族なのは、この刺青を見れば分かるでしょ! この刺青は、竜人族が成人した時に彫られる奴で、他には出回ってないの。竜鱗は生えてないけど……強さにはさほど関係ないし。色々事情があるの!」
「一族総出で刺青入れてんのか……まあ少なくとも、成人したって言う言質はとった訳だが」
——如何せん刺青とやらに、抵抗が無いと言えば嘘になるが……まあ、ここは多様的に……。
竜鱗の件もまあ、仕事が出来るのなら大した問題にはならんだろう。
しかし、やはり先の問題三つが目立つ。
「い、いいから! 仕事は出来ますからぁ……‼︎」
うーむ……ここまで来るとなると本当に当てがないのだろう。
異種族かつ知り合って間もない相手だが、見た目がまだ年頃の彼女をほったらかしにするというのは心苦しい。
しかし、ただでさえ女子率高いパーティなのに、更に美少女が増えたら俺の純情が揺らぐだろ⁉︎
小、中学生の頃で言えば、突然空から降ってきた女の子とか、朝起きたら横に美少女だとかに憧れもしたし、ハーレムパーティだとか男の夢に違いない。違いないが……そんな妄想がぶっ飛ぶぐらいの衝撃を受けたのだ。
——この想いを否定する訳にはいかんのだ。取り敢えずここは、丁重に断るしか無い……。誠に遺憾だが……。
「誠に遺憾だが……!」
「なんにゃ急に……」
「……いや、失礼」
ならば言わねばなるまいッ! ノーと……‼︎
「ねえ良いでしょー。お願いッ! さっき仕事蹴って泊まるお金無いの! 一生のお願いだからッ! 後生だから! 何でもするからああぁぁーー! ……はっ⁉︎」
「オーケー雇った……はっ⁉︎」
「お前もかにゃ……」
失意に満ちた目を向けるシストラム。なんだ、俺が何か悪い事でもしたのか?
——何でもすると言う誘惑に、脳内会議満場一致で可決になってしまった……。男ゆえ、致し方なしか……。
……あれ? 何させれば良いんだ?
「あのっ……えっと……」
「サイ君……一体何する気?」
「何もせん。何もせんぞ……」
「それ、何も出来ないだけじゃないかにゃ?」
「やかましいわ。竜人っ娘が何でもしてくれると言う状況下にいる。僕はそれだけで、満足の行く人生を送れます……」
——そう……それだけで。……いや、そうでも無いな。少なくとも彼女に再会するまでは……。
再度自らの想いを確認し、浮ついた思考を遮る。
所詮、その程度なのだ。
道すがらにすれ違った美女に一瞬目を奪われるのも、偶には別の相手となんて頭によぎるのも。
小さくも確かに感じ続けられるこの熱には勝らない。
詰まる所、こう言う事だ。
——俺は耐えたぞッ! この衝撃にッ‼︎
……所詮、その程度だった。いーや、嘘は言って無いね。
「えーっと……取り敢えず、雇ってもらったって事でいいのよね? それで、私は目的地も知らない訳だけど……どんな予定?」
「……まあ、良いかにゃ。取り敢えず、アルヘームへ向かってる所だにゃ。うちらの目的云々は後々説明するにゃ」
「おっけー。寝床の予約は出来てる? 私の分と一緒にやっておこうか?」
「うぐ……。ま、まあ頼む……にゃ……」
お財布事情を気にし出すシストラムの心情を知らぬまま、るんるん気分でと受付へと向かうユーロス。
それもその筈、夜を凌ぐ当てを見つけたのだから当然だろう。
シストラムに同情してはいるものの事実、金銭問題に対しては真剣に考えなければならない。
会話のノリとは言え、人一人雇うからには責任取らないとな。
——お金足りません解雇。なんて、言いたくも無いしな……。
「何か仕事でも探せるかにゃあ……。ひとまず、再度解散って事にしておくにゃ。何か良い話があればまた呼ぶ事になるかも知れないにゃ」
「ああ、了解。すぐ呼んでくれ」
少し無責任だったなぁと後悔。
静寂が始まったところで、サチが話を切り出す。
「私、ちょっと弓の練習しておきたいんだけど……何か良い的とか無いかな?」
弓道をやっていたとは聞いたが、随分と練習熱心な様だ。
「必要無い畳とかあれば良いんだけど……」
「ファンタジーでぇ……? 流石に無いだろう……?」
「受付の人とかに……」
「聞いてみれば?」
——うそーん……。
「成る程ねぇ……」
どうやら、我らが愛すべき世界における『畳』と言われる言葉は、異世界人にとって『何かしらの植物を織って作った床材』として伝わったらしい。
取り敢えず、当初の目的通りの的代わりになったのなら幸いだ。
実戦じゃそうは行かないだろうが、弓道らしい作法に則って弓を引くサチさんを遠目に見ながら、俺は自由時間と言う名のオフタイムを満喫している。
「サイは、剣振ったりしないのかにゃ?」
「なんだ? サチさんの練習風景を見ながら水をちまちま飲む姿に文句でも言いにきたのか?」
「なんにゃ。その捻くれた思考は……」
「あー……いや、そうだったな。強いて理由を挙げるとすれば、努力は嫌いなんだよ……」
また悪い所が出た……。などと自己嫌悪に陥るサイに気にもせず、シストラムは言葉を零す。
「まあ確かに、さとにゃんが真面目すぎるだけかもにゃー……」
「……」
少しサチの練習を一緒に眺めた後、『あの竜人傭兵を探してくるから待っててにゃ』と言葉を残してシストラムはこの場を後にする。
特に理由もなくこの場に居続けるのは惰性だ。ため息を吐きながら見るのは、失礼かもしれんな……。
「水、おいしい……」
そんな小言を呟きながら、もう少なくなった水を口に運ぶ。
偶には夜の星々を間に挟みながら、彼はサチの練習を眺めていた。
……暫くして、休憩に戻ってきたサチに労いの言葉を掛けながら水を渡す。
「元の世界でもあんな感じでやってたのか?」
「うん。弓にもちょっと作りが違ったりするんだけど……同じ和弓を作って貰ったから。ちょっと勝手が違う部分もあるけど……」
「だとしたら変に経験がある分、慣れるのにも時間が掛かりそうだな……」
「こう見えて結構体力使うから……こうして休み休みだけどね」
——本来、特に経験もしていない刀を持っている俺こそ、今練習するべきだけども。生き方なんて、簡単に変えらんないよなぁ……。
「サイ君は剣の練習とかしたりしないの?」
「いやはや、不真面目な私には耳の痛い話ですよ……」
「あっ、別にそんな意図で聞いた訳じゃ無かったんだけど……。単純に気になっただけで……」
良い奴だなぁ……なんて他人事の様に思うサイ。
そんな疑問に答えた言葉は、口にするのが苦しかった。
「……ま、俺はそんな感じで生きて行けないからさ」
「そっか……」
彼女は嫌な顔もせず、どこか儚げな笑顔で肯定し、一口もつけていない水を飲み始める。
そんな彼女に少し嘘を吐いているような気がして、何処からかも分からない罪悪感を感じる。
——ま、これで良いのだろう……。
言い訳紛いに傾けた水は既に残っておらず、その癖に口の中は苦かった。




