異世界と髪色。あと酒。
さながら西部劇の様な酒場に入り、少し見失いかけた彼女のいるテーブルに向かう。
まだ夕方前だからかあまり人は見られず、店側の人間も駄弁っている余裕がある様だ。
案内してやると言った少女は、俺が前触れなくもう一人連れてきた事に驚いた様子だったが、そこまで嫌な顔をする事なく受け入れてくれた。正直、俺が一番驚いている。
この異世界で、自分という人間は少し大胆になる様だ。以後気をつけねば……。
「なんにするにゃ? 読めはしないだろうけど、理解はできるはずにゃ」
「お、おう……?」
受け取ったメニューに書かれた文字は、今まで見た事も無い文字。
いや、きっと元の世界にも存在しない文字なんだろう。
ただ、彼女の言う通り、なぜかその意味は理解できた。
——酒。酒。酒……よーし。この世界のルールはともかく、未成年の俺にはまだ早い……。
お酒は飲めない事を伝えると、少しがっくりした様に肩をすくめるシストラム。
横でキョロキョロと辺りを見渡す少女は……多分話を聞いてない。
店の人間を呼び止め、注文をし始める獣の少女。
正直、今すぐにでも説明して欲しい事があるのだが……。
「…………あと、これ。ビールは一つで良いにゃ」
——飲むんかい。
この娘は頼まなくて良かったのだろうか……まあ、歳近そうだし成人はしてないのか?
あと変に話しかけた手前、隣に座ってるのちょっと気まずいんですけど……。
「さて……それじゃあ、何から話を始めようかにゃ……」
一通り料理が届けられた後、ぐぐっ……と背伸びをした後、彼女は話し出す。
十数分の異世界授業……内容を纏めるとこんな感じ。
其の壱 この世界は、様々な異世界から人が迷い込んできた異世界人の集まりである。
其の弐 それぞれの世界が発展していた『技術』が存在しており、それぞれの文化が独立している。
其の参 ただし、それはこの都市に置いてであり、それぞれの種族がそれぞれの集落を作って暮らしてもいる。
其の肆 妖精族と呼ばれる人々が、言語が不一致でも意思疎通のできる技術を持った世界であった為、その技術のおかげで会話、読み書きが可能である。
其の伍 世界では、元いた世界とは違う容姿をしている。ただし種族に変化は無い。
現在観測されている基本的な種族の数は八つ。
飢人族、獣人族、妖精族、小人族、小神族、竜人族、妖人族、巨人族……そして、例外の吸血鬼と吸血人間。
「それと、少し前まで御伽噺の世界でしか語られなかった存在。星の囚人共……ま、ここら辺は会う事もないだろうけどにゃ」
そう言って、彼女はビールを一口。
まずは自身の姿を見て見ようという事になり、いつの間にか用意していた手鏡をすっと渡される。
「……」
うん……まあ、そりゃ最初の感想は『誰だこいつ……』なーんていう月並みな言葉でした。
見た目なんて気にしてなかった自分にとっては、ああ……こんな顔だったっけ。なんて勘違いしそうなぐらいには、自然に自分の顔が覗き込んでた。
「いや、誰だよこんな摩訶不思議な髪染めた奴」
「お前だにゃ」
「……ああ、もしかして知らない人と通信できるアイテム的な……」
「お・ま・えだにゃ」
「はっはっ……面白い冗談を言いやがる……」
「わっ、本当。全然違う顔だー……」
物珍しそうに手鏡を覗き込む彼女を他所に、男は困惑していた。
やけに頭が軽いのは髪が一般的な長さになっているからだった訳だ。
それは良し。まあ、あまり人の目は見たく無いんだけど……。
今、問題なのはそこでは無い……。
「無いわー……。髪染めてるとか無いわー……」
別に他人の髪色に文句は無い。
ただ、人の印象は見た目で決まるってよく言うだろ? そんな誰かが抱く印象と俺の性格とじゃ、どう頑張っても整合性は取れないな。
加えて言えば、金髪だの茶髪だので教師に文句を言われる中高生を一線越えて、黒・赤・青……三色に彩られた頭である。
——不満はある。自分に酔う程、自分とはまだ仲良くなれていないからな……。
まあ、言っても仕方ないのは頭で分かってる。
これをきっかけに仲良くなれれば御の字だ。そんな未来は見えちゃいないが……。
一先ず、この手鏡は暫くそばに置かないで欲しい。