風の厚壁
オレンジ色の明かりが世界を包み、地面に映された自分は変に背伸びをして今日も纏わり付いてくる。
一行はゲノーモス火山を出て、アルヘームを目指す旅路の途中。
道中にて、魔物との戦闘がいくつかあったが、慣れないながらも必死に戦っている所だ。
そして現在……日も落ちると言う事で休む為、彼らは休憩所に足を運んでいた。
「ファンタジーに日本刀は野暮だったかね……」
疲労した体を地面に預けながら言ったサイの言葉に、シストラムは首を振りながら否定する。
「どうせこの世界は色んな文化が混ざっているから、大した事じゃ無いにゃ」
「確かに、一理ある……」
「納得するんだ……」
両肩に妖精族を乗せたサチさんはそう言いながら、市販で買った水を手渡してくれた。
さながら運動部諸君の心象を想像しながら口につける。
ペットボトルやスクイズボトルとは違い、少し原始的な容器だが……それでも女子マネに対する感情はこんなもんだろう。
——よし。帰ったら運動部入るか。
……なんて冗談は心に留め、しかし神様なんぞよりも相応しい相手だろうと礼拝を済ませておいた。
「なんで拝んでるの……?」
「いや、何でも無い。それよりもだな……」
今いる場所、休憩所にあるちょっとした広場に居るのだが……怒号が聞こえるのだ。
そりゃもう、近所迷惑レベルで。
「蛇じゃ無いって……言ってんでしょうがぁああ‼︎」
張り裂けそうな咆哮が当たりを震わせ、周りの人々は経験した事の無い爆音に耳を塞いだ。
彼女は怒りに身を任せ、その震源地に最も近かった行商人らしき人は……ぶん殴られて、何回転したんだろうな。
宙を舞う彼の体も重力に逆らえず、やがては地面に叩きつけられたのだが、その遺体……失礼。よろよろと手を伸ばす彼に彼女は言い放った。
「もう二度とあんたらの護衛なんてしないわよ! 馬鹿ッ! 阿呆! 短足‼︎ あと……ええっと、えーっと……ご飯の時、調味料使い過ぎッ!」
私個人と致しましては理出来ない罵倒センスを披露し、彼女はズカズカと宿の中へ足を向け、こちらを見下す形で一瞥した後、姿を消した。
「怖い人もいるなぁ……」
……なんて事は無かった。
「……」
——よし、状況を確認しよう。
呆けながらこの娘の背中を見送った後、大地に下ろした根っこを引き抜く気が出るまで休んでいた。
太陽が沈み切り、肌寒くなってきた辺りでようやく立ち上がり、ひとまず屋内に入ろうと宿を選んだのが間違いだったのだ。
かくして再会した名も知らぬ少女にボディプレスの形で泣き付かれ、『仕事を蹴ったから雇ってくれ』などと土下座されている。……これが現状。
「取り敢えず、顔は上げてくれ……」
「んむ? 飢人族にとっては、忠誠の形と聞いたのだけれど……?」
「微妙に違った知識だし、日本だけだし……。後、現時点で忠誠を誓われても困る」
「そっかぁ……」
なんて言いながら立ち上がった姿は、平均ちょい上程ある自分の身長を超える大きさで、やけに露出した格好で晒された右腹部には刺青が彫られている。
その紋様はどこぞで飾られた国旗と同じ物だった気がするが……それよりも目に付いてしまう爬虫類の様な尻尾。
……そして、その尻尾を齧っている彼女の姿だった。
——これは……高度なボケなのか……? それともそう言う習慣があるのか?
ひとまず、何かしらアクションは起こすべきだろう。しかし、なんと言えば良いものか……。
元の世界じゃ、爪を齧る奴とかも居たが……そんな感じの癖じゃ無いだろうし……。
「はっ⁉︎ またやってしまった⁉︎」
——あっ、そうっぽい。
「……で、俺はどうすれば良い訳?」
「さっき言ったでしょ。雇って欲しいって。傭兵なの、私」
傭兵。
「そ、私は竜人族のユーロス。商人とかの戦えない人が、種族間での移動をする時の魔物退治が仕事なの。別に戦力の足しでも良いしね!」
竜人族……そう言えば、ヒルコ様の宮殿にも彼女の様な刺青を入れた人達が居た筈。
そう、あの人殺しの目を平気で向けてくる現時点で印象最悪の種族だ。
「で、ユーロスさんは俺に自分をプレゼンしていると……」
「ああ、良いって良いって。敬称なんてむず痒いったらありゃしない……」
「ああ、そう……」
「見たところ、そんなバリバリ戦える人じゃ無いでしょー? 野垂れ死ぬよりも、強い人が一人いた方がお得じゃ無い?」
——さっき戦闘で使うべき力を雇用主に使ってただろうに……。
「まあ、他にもパーティいるし……。呼んでから話した方が良いよな……?」
「む。確かにそうね」
「うんうん。じゃあ呼んでくるから、待っててくれ」
——よし、逃げよう。
金欠、パーティにおける男女比、雇用主に対する暴力の前例。三つの理由により、脳内会議するまでも無く否決を確認。
外に足を向け、気持ちダッシュでこの場を後にする。
「……」
「……」
——いやいや、気のせいだろう……。
「……」
「……」
如何ともし難い恐怖に打ち勝って振り向くと、両手を後ろで組みながら無言の笑顔を放つ彼女の姿に肝が冷える。
おかしな話だ。まだ夜は来ていない筈。それなのにどうしてこんなに寒いのか……。
……風が二人の間を吹き抜けた後、『風に阻まれたのだ』と自分に言い聞かせ、彼女を連れて行く事にした……。
明日から通常営業です。




