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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

芸術と死体と芸術家

作者: 椿 綾羅

【警告】

一部流血表現がございます。苦手な方はブラウザバックし、自衛していただけるようご協力をお願いします。

 油彩絵の具の臭いが充満したキャンバスが乱雑に置かれた部屋の隅に体育座りをして一体の像を見ていた。その像は部屋の中央に置かれ、異質さを放っていた。

雪のように白い像の肌は、白い袖のない襟の空いた柔らかい布に身を包んでいる。その純白を侵食するように肩のあたりと襟のあたりから胸のあたりまで紅く染まっていた。また、腰に巻かれた布も少し紅色にぬれていた。それだけでもこの像は異質で美しいのに、首と肩から下が無かった。まるで、最初から存在していなかったかのように見えた。だが、よく見ると、むき出しになった白い骨と柘榴の様に赤い内部、深紅の絵の具のように滴る液体が元々存在していたものが消えたことを表しているようだった。

 この像はサモトラケのニケがモチーフだった。

 羽はないし、各所にオリジナル要素を加えられているが基本的な特徴は保持している。

随分と生々しく、躍動感のある美しい像だと思う。まあ、当然か。これの素材は人間なのだから。本家のニケの方が勝利の女神を表すように凛とした強い輝きを放っていたが、この像はそれがない。

純粋で人々を照らすような輝きもなければ、その場を支配する圧倒的強さも感じない。

 しかし、這い上がって勝ち上がる強さを感じた。別の意味で勝利の女神だった。

 まあ、素材となった人間は勝利の女神とは言えなかったが。

 この素材は、ただの負け犬だった。あらゆるものから逃げ、酒におぼれ、自分の芸術を否定するものを片っ端から処理していった。まさに、絵にかいたような悪人で堕落した人生を送っていた。

 それにしても、中々いい出来じゃないか、とどこか他人事のように思った。本家を尊重しつつ、自分の個性をうまく出せている。白いドレスに付着した紅が狂気と、この像が持つ力強さを引き出している。

 自分で言うのもなんだが、久々にぞくぞくする。腹の奥に熱が集まり、濡れていく感覚。性的なものとはまた違う快感が骨の髄まで支配していた。

 美しい像をうっとりと眺めながらふと、以前読んだ小説の内容が頭に浮かんだ。

 確か、ミステリーで犯人は二人いて、そのうちの片方が死体を自分の作品として仕立て上げたんだっけ。登場した死体たちは随分とグロテスクな芸術品として登場していた。まあ、あの話の中で一番美しかったのは作品の方ではなかったが。

 しかし、ただ単にグロテスクなわけではなく、芸術的な美しさを備えたものだったと記憶している.

挿絵があったわけではないからあくまで想像ではあるが。それでも、美しいと思えるくらいの作品がそこにあった。

 特に、椅子に座らされて、デュラハンのように自分の頭部を抱えている死体は強烈に印象に残った。別に、その死体が美しいとは思わないが、何故か目を惹きつけられた。凶暴で恐怖にゆがんだ顔がその恐ろしさを訴えかけてくる。だが、その顔が、血に濡れた赤いシャツと奇妙な構造が、すべての要素が私の心をつかんで離さなかった。そう、あれこそが狂気いう心の世界が生み出した芸術であり、多くの人間が求めるべき芸術という心の世界なのだ!

 まあ、殺されてアートにされるまでの過程を考えたら芸術的だなんて口が裂けても言えない。そんなの、油彩だろうが彫刻だろうが同じじゃないかとも思うのだが、そんなことを言ったら現代作家たちは怒り出すだろう。芸術的ではないし、一緒にするなと。さらにこのことが世間に広まったら、世間は私を罵り、異常者扱いするところまで目に見えている。

 だからこそ、口が裂けても言えないのだ。

 まあ、もう、うるさい芸術家たちも多数派で固まって動いている世間のことは気にしなくていいので言ってしまうが。

 芸術家や世間の意見は置いておいといて。アートにされた死体たちはどう思うのだろうか。

 自分の死体を好き勝手しやがってと思うのか、はたまた、美しいアートに帰られて喜ぶのか。それとも、死後の自分の身体に興味はないと言ってさっさとどこかへ行くのか。あるいは、親しい人たちを思い出し、こんな姿を見せたくないと嘆くのか。

 少なくとも、私が彼ら、彼女らだったらこの中には当てはまらない。

 例え自分の死体であったとしても、美しいアート作品として見とれ、己を誇るだろう。美しいアート作品として生まれ変わったことに対して。芸術品の一つとして加われたことを誇り、誰にも聞こえなくても高らかに唄うのだろう。

 狂っていることは自分でも自覚している。だが、狂っていて何が悪いというのだろうか。そもそも、この狂気が存在するから斬新なアートが生まれることだってあるのだ。

そして、その作品を見た者の心を震わせる。それの何が悪いというのだ。

 それに、アートに仕立て上げられた死体たちが、本当に怯えていたのかどうかなんて誰にもわからない。もしかしたら、喜んでいたかもしれない。死人に口なしとはよく言った物だ。

 そんな誰にもわからないことを何故他人が決めつけ、非難するのか。全くをもって意味がわからないし不愉快だった。

 まあ、芸術は今すぐに評価される方がすぐに廃れるのだが。

 そんなことを考えていると、ピーンポーンという軽い音がした。

 この場所、アトリエに来るのはごくわずかな人間だけだ。微かに聞こえる声は最近なついてきていた教え子の声だろう。

 申し訳ないことをしたな、と切り落とされた像の首を、自分の首を撫でながら思った。

 教え子の一人が死体アートを教えて欲しいと言ってきたので、死体に見えるようにするやり方をレクチャーしていたのだ。その最中、突然その子がナイフで私を殺害し、あの像に仕立て上げたのだ。

 教え子のアート作品に加われるのは嬉しいが、それを別の教え子にみられるのはなんだか複雑な気分だなと思った。

 教え子がアトリエに入ってくる音が聞こえた。多分土足だ。

 普段から土足は禁止しているし、破ろうもんなら厳しく叱っていた。もうできないけど。

 この像を彼が見たら驚くだろう。驚いて逃げだすだろう。せめて警察には通報して欲しいが。

 足音がこの部屋に入ってきた。教え子の悲鳴が部屋に響き渡ったかと思うと、どたどたと逃げる音が聞こえた。

 逃げるのは構わないのだが、もう少し静かに逃げて欲しいのと、物を投げるのはよしてほしい。ものが崩れて部屋が荒れるし、あの像が、私の死体が倒れるから。

 乱雑に置かれたキャンバスが崩れ、死体が少し傾くのを眺めながらそう思った。

 次はちゃんと片つけよう、とため息を吐きながらそう思った。嗚呼、その前にもう死んでいるから関係ないか。

後書き



 その話に出てくる人物は皆美しく悲しかった。

 久々に買った本の内容に魅了され、こんな話を思いつくなんて思いもしなかった。どうしても頭から離れなかったそれがこの話を書かせたような気もする。あるいは、自分の中の闇が呼び覚まされて書いたのか。

 正直どちらなのかわからないし、自分自身興味もなかった。

 新しい境地に行きたいという願いは叶えられたのだが、本当にこれでよかったのか僕にはわからない。でも、この話を楽しんでくれたらいいなとは思う。最後のオチに関しては驚いてくれたら嬉しいなと思っている。

 もちろん、この話を不快に思う人もいるだろう。警告はしたし、それはそれでいいと思う。物語の好き嫌いなんて人ぞれぞれなのだから。その中でも、もし、面白いとか魅力を感じてくれる人が少しでもいたら嬉しいなと思う。

 ただ、自分はあれにはなりたくないが。

 今後、こういう作品が増えるかもしれない。それでも、喜んで読んでくれる人がいることを切に願う。

 それでは、椿の花が咲き誇るころにお会いできる事を願って。また会いましょう。

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