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残滓と日本家屋

 秋咲の聞き込みの結果、外套人間は出会ってもすぐ消えて逃げられる。なので無意味にまた探しても同じオチになるだろうという事が分かった。

 奴の拠点でも発見出来れば先回りして待ち伏せも出来そうが、そんなものどこにあるのか皆目検討も付かない。そもそも存在してるのか。

 また、奴が事件の黒幕なのかもまだ分かっていない。


 そこで一旦調査の対象を切り替え、失踪事件そのものについて調べることに。

 その一環で俺達は紅葉の最終目撃地、もとい俺が寝泊まりしている家にまで足を伸ばしていた。

 所謂日本家屋と呼ばれるもので、掃除とかが大変になりそうな位には広い。

 敷地内には家主が経営する道場も建っている。

 失踪前日紅葉はこの家に泊まっていたのだ。

 

 「あの、夏天頭さん。紅葉君とはどういった関係なんです?」

 「ただの居候仲間だよ。あいつの家庭の事情が複雑ってのは知ってる?」

 「いつか聞いた記憶ありますね。母が仕事の時は自分の家にいない時も多いと」

 「そういう事だ。まぁ、失踪事件とは関係ないか」

 

 玄関の扉を開いても人が来る気配は無い。

 靴は置かれているので住む人間が全員出掛けてるという訳ではない。

 紅葉の靴も端に寄せられて置かれている。

 

 「お邪魔します」


 秋咲は靴を揃えてから家に上がった。

 対して俺は適当に靴を脱ぎ散らかす。

 これが性格の差というやつである。


 紅葉や俺みたいな居候組の部屋は家の左側に固まっている。

 家は広いがややこしい構造はしていないので迷う事はないだろうが、俺が先頭で廊下を歩く。

 反対側にある道場の方から掛け声が聞こえてくるが、こちらには人の気配もなく静か。

 なんて思ってたら唐突に女性の高い叫び声が響いた。


 「な、何事ですか!? もしかして今まさに事件が起ころうとしてます!?」

 「あー、あいつ来たのか。ただゲーム実況してるだけだろうし気にせんでいいぜ」

 

 声の主は居候組の一人、冬芽(ふゆめ)

 チャンネル登録者三万人超えのそれなりに人気な配信者らしい。

 自宅では配信が出来ない環境らしく、たまにここに来て叫ぶ。

 今は用もないので、邪魔はせず部屋を通りすぎる。そして、隣が紅葉の部屋なので秒で着く。

 

 部屋と廊下を仕切るのはどこも襖でここも例外ではない。

 普段なら部屋主に断りを入れてからだが、当の部屋主は消え無断侵入を咎める者は最早居ないので、遠慮無しに襖を開ける。

 

 「陳腐……ですね」

 

 紅葉の部屋を見渡しながら秋咲は言った。

 机にまだ半分しか埋まっていない小さな本棚。タンスの上には小物が置かれている。あとは畳まれた布団が干された時から一度も使われていない状態で隅に置かれている。

 個人の部屋というにはやや物が少ないが、それ以外に語ることは思い浮かばない。

 

 「聞くの今さらですけど、紅葉君が失踪した際に予兆……例えば鈴が鳴ったような金属音がしただとかはありましたか?」

 「それは……どうだろ? あいつ消えた時って多分真夜中なんだよな。俺も自室で寝てたから何があったかは分かんない」

 「では、最後に紅葉君を見た時刻は覚えてます?」

 「寝る前だから、10時位かね」

 「なるほど。時刻はあまり関係なさそうですかね」


 秋咲は「失礼」と小声で呟きながら、紅葉の部屋の物色を開始した。

 机の上、本棚、タンスと手際よく調べていき、布団を退かそうと手に掛けた所で動きを止めた。


 「どうした?」

 「これは染み……でしょうか? 墨汁でもこぼしたのですかね?」


 畳に出来たの黒い斑点。

 液体が跳ねて作られたような染みは、小さくも鮮明に畳を汚している。


 「あいつが習字してるところなんて見たこと無いな」

 

 墨汁、醤油、ソース、あるいは俺達の知らない何か。

 正体は不明だが、この染みが出来たのはつい最近なのか触ってみると指先が湿り黒く汚れる。

 

 「分からない物をよく触る気になれますね。かぶれたりしても知りませんよ?」

 「た、多分大丈夫……拭いとくか」


 布団で指を拭き拭き。

 すると、擦った指先が変な感覚に襲われた。

 第一間接から先が切り離されてしまったかのような。

 痛みもなければ布団のフカフカとした感触も触ったはずなのに感じられない。


 「な、なんだこれ!?」


 得体の知れない感覚に慌てて手を離す。

 指はきちんと付いているし、俺のいつも見て知る状態を保っていた。

 

 「どうでしたか? 随分慌ててますが」

 「触ると感覚が消える変な液体ってのは分かったけどそれだけだ。これ失踪とは関係あるんかな?」

 

 切り離された指先が感覚だけだったのか本当に何処かへ消えていたのか。

 もし後者だった場合、量次第では人を消せてもおかしくはない。

 いや、その場合は部屋がもっと汚れているか。

 

 「一応採取はしときましょう」

 

 秋咲はハンカチで染みを拭き取る。

 真っ白だったハンカチはたった一拭きで黒く汚れた。

 そして黒い染みに触れ、汚れた指をハンカチの裏で擦って、現象が事実であることを自分でも感じたようだ。


 「どうやら触るだけでは何も無いようですね。擦る……あるいは衝撃を加える? それで感覚の消失が起こるのでしょう」

 「いよいよファンタジーな話になってきたな。いや、神隠しの時点で既にか」

 

 俺達の常識に当てはめて考えるだけでは真実にはたどり着けない。

 例えば失踪した人は異世界転移したとか。

 それでも納得は出来てしまう。

 

 「さて、次は一クラス規模の失踪があった学校に向かいたいと思うのですが、異論はありますか?」

 「無いけど……理由は聞きたいな」

 「現場に黒い染みが残されているかどうか調べる為ですね。もし残っていた場合、外套人間を容疑者位置から外してもいいと思うのです」

 

 秋咲の言い分としては、金属音がなってからの消失と黒い液体が残された消失を完全に切り離して考えるというものだろう。

 外套人間が消えた瞬間を捉えた動画でも音だけを残して一抹の証拠の品も残さず消えていた。

 

 「常識外の出来事について知るには、常識から外れた人間に聞くのが一番手っ取り早いのです」

 「結局は外套人間から話を聞きにいくんだな」

 「その通りですね。先に学校に行くのは保険です。外套人間が事件の犯人ではないと知ってるか否かで心持ちも幾分か変わってくるでしょう」

 「それは確かに」

 「誰かさんは腰抜かしてしまいましたし」

 「そこまでビビっては無かったと思うが?」

 

 こいつたまに毒吐くよな。

 

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