神様の名を騙る者-2
「今回の特例事項は33項だね」
「33項と言いますと…ああ、神様騙りですか?」
「そうだ」
その言葉を聞いて、私は少しだけ首を傾げてしまいました。
確かに神様騙りは重罪ですし、それを判明させるのだとしたら本人に聞かなければいけません。
なので比較的神様に遭い“やすい”聖女がやってくるのが分かります。
……唯、
「それだけで聖女を二人送るのは可笑しい?」
「えぇ。それだけなら騙られた神様の聖女が来れば良いだけです。二人来る意味は無いですよね?」
その言葉を聞いて、魔術使いは小さく頷きました。
それを見て私は考えを纏め上げていきます。
「……とすると、今回の事件は聖女を送る口実に過ぎない…?いえ、それだったら今日の朝シスター達を見ないのは可笑しい筈です。
…騙られたのも真実、けれど聖女を二人送る理由としては不十……」
考えている間に一つの可能性が思い当たり、私は思わず彼女の方を見つめました。
…そして、それを見た彼女が憎々し気に頷きます。
「…まさか、力ある者が神を騙ったと…?」
「そう。今回神を騙ったのは、歴代最高とも呼ばれている聖女様だ」
「……ま、待ってください!という事は今この街には聖女が二人いるって事ですか!?」
「…いや。正確には“一人も残ってない”。歴代最高の聖女は自分で教会の楔を消し飛ばし、残り二人は歴代最高の聖女に殺されたしね」
リウムが持っていた頭はそういう事だったのかと、私は小さく頷きました。
…聖女同士の争いに聖なる力は使われない。だから悪魔でもその後の死体を操る事が出来る。
これは私達が教えられた一節であり、聖女達を合わせない様にする為の理由付けでもあります。
「…悪魔に操られた形跡は?」
「自分自身で契約をした可能性は高いらしいよ。御蔭で歴代最高の聖女が…っと…」
いきなり言葉を濁した彼女に私は思わず首を傾げますが、視線だけ左に動かすと諜報部門担当の人が見えて納得しました。
…此処で話すと情報がばれて不味い事になりますね。
確か彼女は歴代最高の聖女…アフィリアさんと同じ神様を信仰していた筈です。
何処かで繋がりがあり、今も一緒に居る可能性も考えると此処までですかね?
「それで、パーティはどうするんですか?」
「…あんたが抜けさせられたからね。その為に聖女を貰おうと思ったのに、その聖女が殺されたからなぁ」
「残念ですね。私の知り合いも聖女が来るらしかったんですが、こっちも同じだった様ですし…」
「本当にままならない世界ね」
私の話題逸らしに無理矢理でも乗ってくれた彼女に感謝しつつも、私達は次の一手を迷っていました。
…何処まで行っても私達はマークされているでしょう。
……ですがもし此処で別れた場合、狙われるのは私です。
何故なら今までは勇者パーティーの一員と言う称号で(一応)守られていた訳なのですが、昨日限りで盾はなくなりました。
という事で今の私は盾を持たない一人のシスターでしかありません。
「……糞。どうにか助けるには……」
そして目の前の魔術使い……アルカープさんも同様です。
私という教会の情報源を捨てるには少しだけ勿体ない。
けれど取れる選択肢はほとんど無く、一歩間違えれば自分も危うくなってしまう状態です。
「ふむ。お互いに打つ手がありませんね」
「リリー!」
「…はい?」
いきなり声を荒げたアルカープさんを見ながら、私は小さく首を傾げました。
それを見て更に機嫌が悪くなったアルカープさんを見て首を傾げつつも…私は立ち上がろうとして…
「待って!」
「ど、どうしたんですかアルカープさん?」
「…っ。まだ話は終わってないから」
その言葉を聞いて、私は思わず納得しました。
話がまだ終わってないなら勝手に立ち上がった私が悪いですね。
それは普通に声を荒げられてもしょうがない事ですね…なんて考えながらも私は席に座って…ゆっくりとアルカープさんの話を聞こうとしますが…
「どうする?この子かなりぼーっとしてるから絶対に死ぬ可能性考えて…ああいやこの子は自分が死んでもその時はその時って考えてるんだった…どうしたらこの子を守る事が出来る?この子が話しかけてない時点で諜報部門って事は確定してるし……」
アルカープさんは話を纏めているのかボソボソと何かを呟いていました。
その事に少しだけ首を傾げながらも、私は話を待とうとして…
「あ、やっぱり居ましたね」
「だから言ったじゃないですの!あんな奴ほっといていきましょうって」
「…滑稽だった」
「まぁ確かに滑稽で見てて五分で飽きましたが…一応私達に話したいってお話でしたしね」
にゅいにゅいさん達の声が聞こえて、思わず扉の方を向きました。
…かなり遅かったらしいですが、どうやら彼女達は迷惑な宗教に引っかかっていたようです。
今日は見張りのシスターも居ないでしょうし、宗教勧誘が横行してそうですね。
後でミィに言っておこうと決めておきつつ、受付に呼ばれたオリンフィアさんを見て小さく微笑みました。
「……あの子」
「オリンフィアさんがどうしたんですか?」
「かなり強い。年齢って聞いてる?」
「女性に年齢を聞くのは駄目だってにゅいにゅいさんが言ってたから、聞いて無いですね」
「そっか。その様子だと他の人達も駄目そうかな」
年齢を知りたそうにしているアルカープさんを見て、私は今日何度目かの首を傾げました。
…アルカープさんがまさか同い年の友達を作りたいとか、実は勇者じゃなくて女の子が好きで見た目がドストライクだったから年齢知っておきたいとかではないでしょうし…一体何があるんでしょうかね?
「……所で、あの人達って何処に住んでるの?見た目が見た目だし、あそこの高級な宿屋?」
「いえ。私の家で寝泊まり…」
「っ!?」
私の言葉を聞いて速攻で振り返ってオリンフィアさんを見つめたアルカープさんを見て、私は思わず苦笑してしまいました。
確かにオリンフィアさんの見た目の様な子供が何時もお祈りしてる人の家にいてどうするんだというお話ですよね。
結局お祈りしたのはにゅいにゅいさんだけで二人はお話してただけですが…楽しかったんでしょうかね?
「後は一緒のベッドでいつの間にか眠ってたりしましたね」
「…ぇ?」
「三人とも力を籠めて抱きしめてきたので、抜け出す事が出来ずに…と言った所ですね」
「待って思考が追い付かない…」
思考も何も一緒に寝ただけなんですが、偶にアルカープさんって難しく考えるんですよね。
…そんな事を考えながら届いた料理を見て…私は口元だけで苦笑してしまいました。
遅効性の毒、致死量なのでもしかしなくても死ぬでしょうね。
アルカープさんの料理には入っていないようですし、本格的に私を殺しに来た様です。
「…ふむ」
私を殺したらメリットが多い人間は其処まで多くありません。
なので私が死んでも一応調べれば犯人は突き止められますが…其処までしてくれる人間は恐らくいないでしょうね。
プリーストとして役立たずな私には毒殺がお似合いですかね?なんて苦笑しながらも、私はゆっくりと料理を掬って口に入れようとして…
「…」
そのスプーンが突然弾かれて地面に落ちました。
弾かれたスプーンは先の部分が完全に消滅しており、持ち手は既に半壊していました。
更には料理が全て消え去っていて、私は思わず周囲を見つめますが……誰がやったのかすら分かりませんでした。
「…あれ?もう食べたの?」
「いや……あー、はい。多分そうなのかもしれないです」
「ふーん?…不思議なこともあるね」
「えぇ。本当にそうですね」
私達が小さく首を傾げるのと同時に、大きな音が聞こえて振り返りました。
…其処にはニコニコと微笑んだにゅいにゅいさんが私の傍に控えていて、諜報部門の人間が何かから逃げる様に外に出ていった所でした。
「ふふ。ご飯はまだなんですよね?」
「…えっと……いえ、金銭的にはもう食べたと言いますか」
「私達の依頼で前金が出たので、宜しければ奢りますよ。勿論リリーさんと顔見知りの貴女も奢ってあげますね」
顔見知りと言う所を強調したにゅいにゅいさんを見て私は思わず首を傾げますが…アルカープさんはイラっと来たのか睨み付けていました。
昨日までは此処まで煽る様な人ではなかったと思ったんですが…裸になって吹っ切れたんでしょうか?
「…それにしても、前金を貰う依頼なんて相当じゃない。何を受けたの?」
「ふふ。部外者に教えると思いますか?」
「じゃあ当ててあげようか?」
その言葉を聞いて、にゅいにゅいさんの頬がピクリと動きました。
…それを見たアルカープさんが不敵な笑みを浮かべるのと同時に…
「にゅい。話終わったよ」
オリンフィアさんが私の身体を抱きしめながらにゅいにゅいさんに報告をし始めました。
…依頼名が番号で振られているって事は、かなり難しい依頼なんでしょうね。
まだプリーストも居ないのにどうやってやるのだろうか少しだけ気になっていると…
「それじゃあリリー、行きますよ」
そういって私の口にアルカープさんのご飯を詰め込んでから微笑みました。
私は思わずご飯を喉に通そうとしましたが、私の口には常に料理が詰め込まれていてもごもごと口を動かす事しか出来ません。
「ふふ。彼女に彼を合わせる訳にはいかないですよね?」
「…まぁね。私と一緒に居るよりは貴女と一緒にいた方が安全だし」
「話が分かる方で助かりました。では……」
「……最後に一つだけ教えて」
私が口を動かそうとしている間にも、二人の会話が進んでいきます。
正直なんのお話かは分かりませんが…まぁでも、にゅいにゅいさんとアルカープさんの事です。
「…聖女の依頼ね?」
「えぇ。あってますよ」
きっと何か、とんでもない事をやりそうだと、私は思わず微笑みました。