神様の名を騙る者-1
目が覚めるのと同時に、私の身体には確かな違和感がずっしりと乗っていました。
…両目をゆっくりと開き、小さく欠伸をしながら見つめると……お客様である三人が私の身体を抱きしめながらぐっすりと眠っているのです。
「…ふふ。オリンフィアさんは見た目から想像してはいましたが……三人とも甘えん坊だったりするんでしょうか?」
小さく微笑みながら、私は三人の寝顔を見た後に……可愛いと小さく声を漏らしました。
…そのままゆっくりと神様に朝のお祈りを軽くしながらお話すると……三人の顔がふにゃりと頬を緩ませながら、もう一度しっかりと抱きしめてきました。
「…そろそろご飯に行かないと冒険者ギルドの席が無くなってしまうんですが…良いんですかね?」
そもそも本来来る筈だった聖女様が昨日死んでしまったのです。
事情聴取や新しいパーティーメンバーについて色々考えなきゃいけない筈ですが……三人ともそんな事気にしてなさそうです。
…いえ、私が昨日寝た時に一緒に話してたのかもしれませんが…それでも今日はかなり忙しいでしょう。
「ですがとても可愛いですね。寝顔も笑顔も可愛くて体が綺麗だったら弱点無しですね…」
生まれ持った美貌の差に少しだけ頬を膨らませながらも、私は三人の頬を優しく突きました。
…最初は優しく、けれどふにっとした感覚に中毒性を感じた後は何度も突き……
「…って、何やっているんでしょうね。私」
小さく自問自答をしながら、私は小さくため息を吐きました。
…それと同時に小さな笑い声が聞こえ、私が思わず目を見開くと…
「ふふ。そんな風に百面相している姿も可愛いですね」
「…起きてたら腕を離して下さい。朝ご飯も食べられないじゃないですか」
「ふふ。どうしましょうかね?…他の狸寝入りをしている二人が離したら、私も離しましょうかね?」
「……狸寝入りって…二人ともしっかりと眠っていますよ?」
「意識を飛ばして上から見ているだけですよ。寝てはいません」
その不思議な説明を聞いて、私は思わず首を傾げてしまいました。
意識を飛ばしてるならそれは実質眠っているのだと思いますが…まぁ二人と付き合いの長いにゅいにゅいさんが言うならそうなんでしょう。
…と言うか、にゅいにゅいさんが狸寝入りと言った瞬間にビクッと身体が動いたのが見えましたしね。
「……後三十年」
「…同じくですわ」
「其処まで一緒にいると私がおばあちゃんになる前に餓死で死にますよ?」
私が苦笑しながら冗談を言えば、二人は餓死はさせたくないと勢いよく起き上がり…その力によって私の身体も抱き寄せられました。
……クレアさんは弓の使い手なので分かりますが、まさか魔術師のオリンフィアさんにまで力で負けるとは思いませんでした。
一切抵抗できなかった事に少しだけ自分の無力さを嘆きつつも、気にしても仕方がないと私は力を込めて三人から身体を離そうと……
「…」
「…」
「…」
「……あ、あの。離して下さい…」
離す事が出来ませんでした。
何故か知りませんが三人からの力の籠められ具合がかなり深刻な状況になり、後ちょっと力を籠められれば私の身体はメキメキと音を立てて壊れてしまうでしょう。
絶妙な力加減に身体の痛みを忘れて感心しつつ、それでもなるべく早く離してくれないかなと小さくため息を吐き…
「…もし離してくれるなら、三人がしてほしい事を一つだけしても良いですよ」
「さてご飯を食べに行きましょうか」
「うん。もう着替えも終わってるし、準備万端」
「リリーも準備が終わったら冒険者ギルドに来てくださいね。私達は席を取りに行きますので」
その言葉と同時に姿が消えた三人を見て、私は思わず首を傾げてしまいました。
……一瞬で沈黙が蘇り、少しだけ物寂しい気持ちになった私は……
「…行きましょうか。何時も持っている鞄に、杖を背中に装備して……」
寂しさを紛らわせる為に独り言を呟きながらも、小さく欠伸をしながら支度を整えます。
…粗方準備が終わり、私は最後に確認もせずに扉を開け…そして余りの眩しさに目を瞑ってしまいました。
「っ~!……今日はフィネルス様が強い日ですね」
この世界では光の日と呼ばれる日と、闇の日と呼ばれる日があります。
片方は今の様に光が強く、夜でも明るさを失わない位に光が強くなり…逆に闇の日だとお昼なのに薄暗い日になります。
光の日と闇の日は名前を見て貰えば分かる通り、光と創生の神フィネルス様と闇と模倣の神スネフィール様から取られています。
二人は元々仲が良く、最初は仲良くされていた物の…とある事件をきっかけに仲が悪くなってしまい…悪神と善神に分かれ神々の戦争が起きた……と言うのが聖書の物語です。
まぁ神様に聞いたら全く違ってて吃驚しましたけど。
「……って、そんな事を考えている場合じゃありませんでした。急いで冒険者ギルドに……?」
とりあえず冒険者ギルドに向かって歩こうとすると、広場から大きな声が聞こえ…私は思わずそちらの方に興味を持ってしまいました。
…人だかりも出来ているようですし、少しだけ面白そうな気配もありそうですね。
「…?にゅいにゅいさん達もいるんですね」
広場に向かって歩いていると、丁度にゅいにゅいさんの髪を見つけ…私は更に首を傾げてしまいました。
…私よりも先に外に出た筈なのに、どうして此処に居るんでしょうか?
「私は神から信託を受けた!これはその証である!」
「…おお。私と同じ人も居るんですね」
と言ってもあんなギラギラとした装飾品を貰った事はありませんが。
見た所中身は別の金属を入れた合金ですし、私が貰った金具とは全く違う…よく言えば模造品、悪く言えば人間が作った様な製品ですね。
と言っても模倣好きの神様も居れば、神様が貰った捧げ物をそのまま横流しする神様も居るらしいので…まぁ、彼もそれを貰った口なんでしょうね。
「…ふむ」
彼からどんなお話が聞けるか楽しみにしつつも、私は周囲の人間を見て…思わず首を傾げてしまいます。
…私が見た事が無い信者ばっかりです。
彼が連れてきた…と言うには人数が多いですし、かといって偶々来たとも言えない人数です。
結局私が見た事が無いだけという結論になりつつも、彼の言葉を今か今かと待っている周囲を見ながら…
「私が神から受けた信託は、この街を導く事だ!」
「…ふむ」
その言葉を聞いて、私は幾つかの選択肢を考えました。
…そして最悪の可能性を全て排除しつつ、幾つか信託が下りそうな案件を探し…
「…ああ。あれですかね?」
小さくぽつりと呟き、私は途端に興味を失って冒険者ギルドに向かって歩き始めました。
…後ろから男の声が聞こえますが、正直もうどうでも良いです。
小さく欠伸をしながらゆっくりと歩き続けると…後ろから小さく声が聞こえ、思わず後ろを振り向いてしまいました。
「…どうしました?」
「えっと…此処って教会ってある?」
「……えぇ。此処は信仰の総本山ですからね。神殿と教会は一通り揃っていますよ」
「ああ、ありがとうね!もし僕が神と認められたら君を第一信徒として認めるから!」
そう言いながら去っていった青年を見て、私は小さくため息を吐いてしまいました。
…変な奴に遭ったから…と言うよりは、神と認められたらという言葉を聞いてしまった為です。
一応この世界では最初から神様だった生神と、人間から神様になった“らしい”現人神が居ます。
彼は恐らく後者を目指して此処に来たのでしょうが……
「…現人神は正直、好きじゃないんですよね」
小さく呟きながら、私は笑顔を崩してため息を吐きました。
…現人神というのは、結局人間を捨てきれなかった半端者を総称して言う蔑称の様な物です。
それに私は神になったと“認められた”なんて口では言っても、本人に確認すれば結局すぐにわかってしまいます。
周囲の人間が信じるのは構いませんし何なら人助けしてるなら別にそれで良いのです。
「…まぁ、神様の名前を勝手に使うなんて考えが丸見えですけどね」
小さくため息を吐きながら、私は冒険者ギルドに辿り着き…扉を開けて何時もの席が空いている事を確認します。
そして何時も決まった時間にアルバイトをしている人に何時ものと頼んでから座るのと同時に…
「おやおや?君は僕らのパーティーから抜けた御粗末なプリースト君じゃないか!」
私が辿り着くのを待って居たのか、私の何時もの席の前には得意気な表情の魔術使いが居ました。
…昔のパーティーに居た頃は気にしていませんでしたが、彼女もまぁまぁの美形ですね。
と言っても昨日出会ったあの三人には勝てないですが。
「…何か御用でしょうか?」
「いやいや。もし君がパーティーに残りたいって思ってるなら手を貸してあげようかな?って思ってね」
「別に私は残る気も無いです。新しくプリーストを捕まえてきたらどうですか?」
私のぶっきらぼうの言葉を聞いて、彼女は片眉を上げて怒りそうになっていましたが…土壇場の所で抑えつけていました。
…と言ってもこれは私が今までの恨み節を吐きたいから吐いた訳ではなくきっちりとした忠告です。
新しくプリーストを入れたのなら連携も必要になりますし、私の様にプリースト全員が強化魔法を放てる訳ではありませんからね。
きっとこれから苦戦するかもしれませんが…私の強化魔法は努力すれば手に入る力を前借する程度です。
きっと努力して常に私のブーストが掛かっている状態を維持できるでしょうね。
「…それが出来ればそうしてたよ。でも話が変わったんだ」
「死んだ聖女の件ですか?あれは元々にゅいにゅいさんのパーティーが…」
「違う。聖女は二人来る筈だったんだ」
その言葉を聞いて、私は思わず目をぱちくりとさせてしまいました。
…聖女が二人来る筈だった?…それは絶対に“有り得ない”です。
何故なら聖女というのは基本的に“一つの教会に対して一人”という神の契約…と名前が付いているだけの国同士の条約が結ばれているからです。
そして基本的に聖女というのは自分達から呼ばないと来れず、更には教会側には断る権利があります。
……此処までの説明なら、たくさんの教会に要請を送って偶々二人来た…と言う風に解釈できると思います。
ですがそれもまた違法なのです。
聖女の要請は一つの街に一つまで…つまり二つ出した時点で街は違反を起こしているのです。
更には聖女自身は勝手に教会を出る事が許されませんし、そもそも教会は聖女が移動したという通知を毎時間魔道具によって受け取っているのです。
此処まで徹底的に聖女同士を合わせる事を封じているのにも関わらず、被ってしまったという事は…
「そう。今回は特例で聖女が二人やってくる筈だったんだ」
「…特例ですか」
特例という言葉に渋い顔をしながらも、私は彼女の話に耳を傾け…それを見た彼女もまた、少しだけ面白そうに…けれど少しだけ何故か寂しそうにしながら話を続けました。