不幸一杯のプロローグ-完
「…えっと、其処の彼はどうしたんですか?」
「ああ。感動の再開を邪魔されそうでしたからね。つい手が出てしまったんです」
「……?にゅいにゅいさんも誰かと会っていたんですか?」
「へ?……ああいや、そうですね!勿論会っていましたよ!?」
にゅいにゅいさんが慌てた様な表情でこちらを見つめるのを見て、私は思わず首を傾げてしまいます。
…急に慌ててどうしたんでしょうか?
「…いや、その…えっとはい。何でもないんですよ?私は元気ですし」
「はい。お元気そうなのは見れば分かりますが…」
「……じゃなかった!えっとですね?さっき聖女が一人死んだらしいんですよ!しかも私達のパーティーに入ろうとしてた人が!」
その言葉を聞いて、私はさっき首から下が無かった聖女の姿を思い出しました。
…けれどリウムがやったとも思えず、私はずっと疑問に思っていた所でした。
「さて、おおよそ誰が死んだかは理解しているでしょうし…結果から言いましょうか?」
「……いえ、大丈夫です」
「良いんですか?もしかしたら次は貴女の番かもしれないんですよ?」
その言葉を聞いて、私は微笑みながらにゅいにゅいさんの手を握りしめました。
…それを見てにゅいにゅいさんの頬が赤くなるのを見ながら…私は微笑んだままにゅいにゅいさんの耳元に近づいて…
「その時は守ってくれると嬉しいんですが…無理ですかね?」
ぼそっと呟きました。
これを聞いたにゅいにゅいさんがどんな反応をするのか少しだけ気になって、思わずしてしまいました。
ミィとかにはあんまり人にするなと言われていますが……それでも楽しい反応をして貰えるとついついしてしまうものです。
明日からは気を付けようと無駄な決意をしつつ…
「…にゅいにゅいさん?」
先程の姿勢から1mmも変わらないにゅいにゅいさんを見て、私は思わず首を傾げました。
にゅいにゅいさんの反応を期待しているのに、肝心の本人が止まっていたら意味がありません。
どうすれば動くんですかね?なんて考えをしながらも、私はにゅいにゅいさんの身体を見つめ…
「…」
「やっぱり整った身体ってのは良いですね……」
「何処見てるんですか…?」
「それはにゅいにゅいさんの身体ですよ。生まれてから今までかなりの人を見てきましたが…結構な美人さんですよね」
「そうですね」
絶対に否定をさせないという意思が籠った一言を聞いて、私は思わず驚いてしまいました。
それを見たにゅいにゅいさんの意外ですか?という一言に頷くと…
「…この容姿を褒められたなら、否定する訳にはいきませんよ」
「……?褒められる事が多いから認めたんですか?」
「いえいえ。認める人の方が重要なんですよ」
という事は、昔誰かに認められてそれが嬉しかったのでしょうか?
誰に褒められて嬉しかったのか聞きたい気持ちを抑えつつも、私は少しだけこれからの事を考え……
「…んぐ…」
「あ」
丁度良い所に勇者が埋まっていた事を思い出し、私は小さく手を叩きました。
…そうです。此処で埋まっているって事は適当な理由付けをされても文句は言えないでしょう。
「この勇者どうするんですか?」
「此処に放置して帰りますよ?」
「…えっと、怪我とかされてたら…」
「怪我人放置してた奴が今更怪我の一つや二つで文句なんて言わないでしょう」
その言葉と同時に、にゅいにゅいさんの顔が驚く程に怖くなっていきます。
其処まで怒るという事は…私の行動に関してもかなり怒っているのでしょう。
先に謝っておくべきか、それとも然るべきタイミングで言うべきか少しだけ迷っていると…
「…まぁ、良いです。どうしてもリリーが、愛しの彼を助けたいと言うなら私は従いますが?」
「愛しの彼ではありません」
「それならさっさと帰りましょう。催眠」
その言葉と同時に、私の思考が一本の糸になりました。
…今まで考えていた事が全てどうでもよくなってしまった様な感覚…そんな感覚を感じたまま、私は小さく首を傾げます。
「…ご命令を、どうぞ」
「ふふ。貴女はそんな事をしなくても別に良いんですよ?」
「……は、い」
「…いえ。やっぱり一つくらいは命令を……でも抜け駆けでこういう手を使われると主神の二の舞になりますし…」
何かを考えながら目の前の女性が私の顔を見つめ……そして微笑んで私の鼻頭を優しく撫でてから…
「…決めました。貴女に下す命令は……」
その言葉と同時に、私の意識が黒く落ちていき……再び目が覚めた瞬間、私の目の前には…
「……にゅいにゅいさん?」
「ふふ。帰りましょうか?」
「…そう。ですね?」
嬉しそうなにゅいにゅいさんが、私の方を見て嬉しそうに微笑んでいました。
…その事に少しだけ驚きつつも、私は小さく何かを思い出そうとして……そして思い出せない事に気付きました。
もう物忘れをしてしまう年になってしまったのかと、私は小さく苦笑しつつ…
「っいた…」
何かに躓いてしまい、私はにゅいにゅいさんに抱きかかえられてしまいました。
「いたた……あれ?」
「いきなりどうしたんですか?何もない場所で転ぶなんて」
「…あ…はい。そうですね?」
確かな違和感。
何かを踏んづけた様な気がしたのですが…どうやら気のせいだったらしいです。
その事に少しだけ安堵しつつも、私はにゅいにゅいさんの足が微妙に動いている事に気が付き…そのまま小さく首を傾げてしまいました。
…何かを踏んでいる様な体勢を見ていると、少しだけ何かを思い出し…
「…どうしたんですか?まるで、いけない事を考えている気がしますよ?」
そうになった瞬間、にゅいにゅいさんの声によって思考が弾かれてしまいました。
…いけない事が何か分からないですが、それでもにゅいにゅいさんに言われたのならしょうがない……?
「……あれ?」
「思考が戻ってきているので一つだけ良いお話をしておきましょうか」
「…?…?」
思考が纏まらなくなっていく、それ所か黒いナニカで思考が上書きをされてしまいます。
それが怖くなって、私は思わずにゅいにゅいさんの身体を抱きしめると…安心をさせてくれる様に優しく背中を叩いてくれます。
それが何処か心地良くて、気付けば黒いナニカは夜の色に変わっていました。
……それが何処か安心出来て、私は思わず意識を落とし……
「神様に愛されるという事は…思考を、身体を、精神を…全てを滅茶苦茶にされ、そして人間関係も全て壊されるのと同義なんですよ?
…ああいえ、それぐらいされてもしょうがないですよね?…だって…」
「……だって、貴女は私以外に目を向けていたんですから。ニュイシスに目を向けているのに、どうして私には目を向けなかったのかなぁ?」
その言葉は私の意識の奥に届かず、私の意識がもう一度浮かび上がった時にはもう…
「…あれ?」
「…お帰り」
気が付けば私の身体は、お客様用のベッドに運ばれていました。
…久々のふわふわした感覚を楽しみつつも、ゆっくりと起き上がろうとすると…
「…?」
「もう夜も遅いし、今から寝た方が良いと思う」
「…そう、ですか?」
「うん。一緒に寝てあげるから、ね?」
その言葉と同時に、私に凄く大きな力が掛かりました。
…自分の意思ではもう起き上がる事も出来ず、けれどさっきまでずっと眠っていた様な感覚だった気もして…私の精神は異常な程の警笛を鳴らしていました。
「…私はどうして此処に居るんですか?」
「にゅいにゅいが連れて来てくれたんだよ?危ない魔術を喰らったって言ってたし、“精神に異常があったから”それは間違いないと思うよ」
「そう…なんですね」
「もう精神は弄ったから大丈夫。安心して眠ってね」
という事は私はオリンフィアさんに助けられたという事になるのでしょうか?
…それだと感謝してもしきれないですね。
それと同時に、私の身体に確かな怠さが溜まってきていて…私はうとうととしながらも…
「おやすみなさい…」
オリンフィアさんに小さく挨拶をしながらも、今日何度目か分からない意識を手放しはじめ…
「…大丈夫だよ。ニュイシスに関してはクレアニーナが半殺しにしてるから。寝て戻ったら…ちょっとだけ弄ったけど……元の自分だからね」
そんなオリンフィアさんの言葉も、私の耳には届きませんでした。