神様の名を騙る者-7
「…手伝う?」
「はい。私は貴女達二人に盃の場所を教えます。私に接触してきた理由がそれなら、かなり良い条件だと思いますが…どうですか?」
「……もし仮に私達が断ったらどうする心算なの?」
「その場合はイルヴァに情報を流した後に、私は殺されますね」
その言葉を聞いて、二人が驚いた様な表情でこちらを見つめてきました。
…まぁ、いきなり殺されるなんて言われたら吃驚はするでしょうか?
それとも……
「……いえ、この場合は私の思考は誘導されたのでしょうね」
私が小さく呟くのと同時に、魔王が小さく微笑みました。
…それを見て私が小さく首を傾げると…魔王はゆっくりと私を見ながら喋りだします。
「どうしてそう思った?」
「最初はイルヴァ対魔王と言う形をとっているのかと思いました。ですがにゅいにゅいさんの言葉を今さっき思い出したんですよ」
「…ほう?」
「イルヴァもそっち側と言う話でしたから。実際はイルヴァ対魔王ではないと分かりました」
小さく微笑みながらそういえば、魔王は少しだけ驚いた様な表情を浮かべます。
…本当はもっと答え合わせをしておきたいのですが…止めておきましょう。
「…それで?それにたどり着いたリリーはどうする心算なんだ?」
「そうですね。交渉も出来ず魔門についても守れそうに無いという事なら…私は諦めますかね?」
「諦める?」
「えぇ。一応此処までやって無理でしたからね。諦めます」
その言葉と同時に私は小さく両手を上げて降参のポーズを取ります。
それを見た魔王が少しだけ面白そうに微笑んだ後に…ゆっくりと私の身体を触ってから…私を持ち上げました。
「…?」
「ふふ。驚いたか?」
「驚いたかどうか聞かれたら驚きましたけど…えっと、どういう心算でしょうか?」
「盃に案内してくれるのだろう?リリーの足よりも私の足の方が速いからな。このまま行くのが一番早いだろう?」
その言葉を聞いて私は思わず苦笑してしまいました。
…まぁ確かに速いんですけれども、教会の前でそんな事をしてたら教会の中に居るシスター達が騒ぎそう……って、
「…ああ、そういう事でしたか」
「……気付いた?」
…オリンフィアさんが私に向けた質問を聞いて、漸く理解しました。
魔王が言っていた一連の粛清は、教会内に居た後輩に向けられていた訳で…必然的に教会内のシスターは全員塵に還ったのでしょう。
…目の前に有った筈の教会が無くなっているのを見ながら、私はそんな事を考えてしまいました。
「……これが神のする事だ。結局大事な人間以外は虫以下の存在でしかない」
「…大事な人間」
恐らく勇者の事でしょうね。
…昨日の勇者パーティーを抜けたという報告をした時も、かなり困った様な反応をされましたから。
私に近づきすぎて粛清を受けてしまったという事は…つまり粛清対象に近すぎたから巻き添えを食らったという事でしょうね。
「…神様も、その対象だけを特定で狙い撃ちすれば…」
「それが出来ないからこういった惨状なんだろうな。イルヴァがこの街にやってきたのも、これを行う為だろう」
その言葉を聞いて、私は思わず息を飲みました。
…教会に私が帰ってきた事が伝わっていなかったから、私に要請が掛からなかっただけで…もし要請が掛かっていたら…
「…っ」
そう考えてしまった所で、私は一つの結論と自己嫌悪に陥ってしまいました。
…神の裁きが当たらなかった事に、心底安堵してしまっています。
その事を理解して…そしてそれでも安心してしまう心に、私は思わず…
「最低だ…私は」
本当に小さく、呟いてしまいました。
…それが聞こえていたのか聞こえていなかったのか分かりませんが、魔王が私の頭を優しく撫でてくれたのを見て…私はゆっくりと魔王の手から降りてから…地面に落ちている灰を集めました。
「……せめて次は、理不尽な死が無い事を」
小さく落ちた灰達に祈りを捧げながら、私は両手に乗っている灰に優しく息を吹きかけ……祈りを捧げました。
…灰達が地面に落ちるのと同時に、私はゆっくりと歩きだし……元々神様の像が立っていた場所に立って地面の灰を手で優しく退けた。
「…成程。元々は隠されていたのか?」
「そうですね。神様の像の真下にあったんですよ。今はもう全部灰に代わってますけどね」
「……あの神の怒りの一撃なら、下にあった物まで貫いているのでは?」
オリンフィアさんが小さく呟きながらそういうのを聞いて、私は思わず苦笑しました。
…確かに始めはそう思うかもしれませんが…
「実は違うんです。初めに、この世界が神様によって創られたのは知っていますか?」
「…うん。光と闇が生まれる前、一人の神様がこの箱庭を作った」
その時に参考にされたのが神様自身の目玉である宇宙…太陽?がある宇宙だとその時聞いたんですが…それは言わない方が良いでしょうね。
この世界の秘密は、色々残酷だったりしますから。
「そうですね。そして私達が踏みしめている大地や明るくなったり暗くなったりする“照明”を作った一人の神様は、睡眠を取る事にしました」
「…」
「それが私達が唯一休みを取る事が許されている日。よく皆さんは眠りの日とか言ったりします」
「そうだね。人間達だけじゃなくて魔物もこの世界から居なくなる…それが眠りの日」
その言葉を聞いて、私は思わず目をぱちくりとさせました。
…その日は人間達は一切働く事をやめ、自分の欲求のままに過ごす事が許される…それが眠りの日の筈です。
その日だけは眠りを貪っても良いし恋人と愛を確かめても良い。更にはご飯を食べるだけでも良い。
「…よくそんな事を知っていますね。もしかしてかなりの働き手だったりしますか?」
「あ……えっとそう。眠りの日って存在を知らなかったから、ずっと働いてたの」
「そうなんですね。…その村が一番働き盛りだったんでしょうかね?」
小さく首を傾げながらそんな事を呟けば、オリンフィアさんが何度も首を縦に振ります。
その事に少しだけ目をぱちくりとさせながらそうですかと呟けば…オリンフィアさんは何かに安堵したのか小さく息を吐きました。
「…それで?どうして神様がこの下の部分を壊さないと考えたんだ?」
それと同時に魔王が小さく呟いたのを聞いて、私は元の会話を思い出しました。
「地面は眠った神様が作った物だからです。一番位の高い神様が作った物を、普通の神様が壊せないのは当然ですよね?」
「…確かに。でも今回当たった場所は人工物だよね?」
鋭いですね…なんて思いながらも、私はどうやって説明しようか迷います。
…これ以上言うと私が神様と喋れると勘繰られてしまうんですが…にゅいにゅいさんと一緒に居るんですから、何時かばれますよね。
「…えっとですね。“魔門”から半径30mは壊れないんです」
「“魔門”も眠りの神が作ったから?」
「そうですね。なので普通の神様では壊す事が出来ないといった感じでしょうか」
惜しむらくはこの魔門が眠った神様が作った物だと人間達が知らなかったという事です。
…もし知っていたら、この神様の大量の粛清も防げたかもしれない。
そんな事を考えながらも、私はハッチを開けてからゆっくりと階段を降りていきます。
「後面白いのはですね。この魔門は眠った神様の寝床に辿り着けるというお話なんですよ」
「っ」
「…その話を何処で聞いたの?」
「……そうですね。残念ながらそれは喋れないんです」
そう言いながら微笑めば、魔王達はそれ以上何も言いませんでした。
…言えませんよね。まさか本人と話をした時にそんなお話をしたなんて。
一応そう言った話をしても良いけど名前は出さないでねと言われたので、聞かれれば話はするんですが…名前は出せないので信憑性に欠けるとよく怒られましたね。
「…っと、これが盃ですよ。これを調整するのも壊すのもお二人次第です」
そんな事を考えながらも階段を降り切った私達の前には、一つの門が鎮座していました。
…未知の材料で作られた門、色は黒く扉は白い。
分かっているのはそれだけで、扉はどうやっても開いたりしませんし何なら壊す事も出来ませんでした。
だからこそ、お二人がどうやってこれを調整するのか少しだけ興味があり…少しだけワクワクとした気持ちでお二人を見つめてみます。
「…さて、やりましょう?」
「……期待されてるし、頑張る」
二人が何かを呟くのと同時に、作業に入ろうとして…
「…ふむ。古き神が作った盃は此処にあったのか」
複数人が階段を降りる音と同時に、男の声が聞こえ…私は思わず後ろを振り返りました。