願いと花
余命が残り少ない、とバレる可能性があるので、おれは先に真美さんに相談することにした。
うんうん、と優しく頷きながら話を聞いてくれた真美さんは、終わってから一つ大きなため息をついた。
「わかったわ。私からバレないように話すから、舜くんはその場にいて」
「わかりました。ありがとうございます」
素直に感謝だ。
正直、なにかを隠しながら話をするのは女性の方が圧倒的に上手だと思う。
おれがやればバレる危険性も高くなる。
真美さんがやってくれるのは、とてもありがたかった。
真美さんにその話を伝えてから2日後。
おれと花がどうでもいい話で盛り上がっていると、病室の扉がノックされた。
「はい、どうぞ〜」
花が言って、おれが扉を開いた。
軽く会釈して真美さんが入ってくる。
「あのね、花。ちょっと話があるんだけどいい?」
「あ、おれ外したほうがいいですか」
「あ、いいの。舜くんもいて」
頷きつつもやや、後ろに退く。
「…何かあった?」
ちょっと緊張した面持ちの花が訊いた。
「あのね、入院が夏まで長引きそうなの。秋まで病院の外には出られないと思うわ」
「…そっか」
俯いた花の横顔を伸びた黒髪が覆い隠した。
その髪に隠されて花の感情は読めなかった。
「それでね、花」
真美さんがちょっと花の顔を覗き込むようにして続ける。
「ひまわり畑に行きたいって言ってたって舜くんから聞いたんだけど…」
諦めたように笑って花が遮った。
「いいの。無理でしょ?」
「ええ、そうだけど、でもね」
「いいの。大丈夫。わかったから。ちょっと…1人にしてくれる?」
叩き込むように言って、花が目を伏せた。
真美さんが言葉に詰まる。
何度か無言で頷いた。
「そう…そうね。わかったわ」
病室を出て行く真美さんがそっとおれに目配せをした。
正直こんなことになるとは思ってなかった。
「舜も」
出て行って、と言いかけたのを遮る。
「泣いたら?」
花がはっとして、ふっ、と息を吐いた。
「泣かないよ」
こういうとき、彼女はいつもびっくりするぐらい大人っぽくなる。
「何でよ。ひまわり畑行きたかったんじゃないの?」
「そうだけど…」
目を伏せた花がゆるゆる、と首を振った。
「今じゃなきゃ行けないわけじゃないし…いいの」
うっ、と言いそうになった。
それを言われるとおれたちは押せない。
花には先がないのに。
「じゃあひまわりいっぱい持ってきてやろうか?」
冗談混じりに提案してみる。
しかし、それにも花は首を振った。
まあそうだよな…と思いながら尋ねてみる。
「花はひまわり畑の何が好きなわけ? おれ行ったことないんだけど」
ぱっと花の表情が明るくなった。
どこか夢を見ているかのようなうっとりとした表情で言う。
「あのね〜、何だろうな、ひまわりの下から見上げるとなんか空がとても明るくて花の匂いが広がってて…すんごく綺麗なの」
そして笑顔でおれを振り向いた。
「何かね、あたし生きてるなぁって思えるんだよね」
生きてるなぁって。幸せだなぁって。
そう続けた花の笑顔がおれの脳裏に焼き付いた。
「…おれも行ってみたいな、それは」
なんとかコメントを返すと、花は更に笑みを深めた。
「でしょ!」
そして突然、真顔になった。
「舜」
おれを見据える。
「あたし死ぬんでしょ」
息が止まるかと思った。
心臓がばくんっ、といつもより強く拍動する。
「…ちょ、な、何を…」
「隠そうとしてもダメ。わかってるもん」
真顔を崩して花がくすっと笑う。
「お母さんも舜もあたしを舐めすぎだって」
「いや、でも…」
「だからね、舜」
花が少し悲しそうにも見える笑顔で言った。
「あたし、舜とひまわり畑行きたい」