余命と花
「おはよ! 舜」
ベッドの上で携帯に目を落としたまま、花が言った。
「おはよ。…っておまえ、もう家だと思ってるだろ」
最初はあった、寛ぎ切れていない雰囲気がなくなってきている。
まあ1ヶ月も同じ部屋に住んでいればそういうものなのだろう。
「だってもう家みたいだもん。舜の花で病室とは思えない風景になってるし」
「確かにな」
苦笑しつつ今日の花を置く。
「え、これ萩?」
花がちらっと携帯から目をやる。
「ようわかるもんだな。おれ全然知らなかったのに」
「いや、舜がわかったらびっくりするよ!」
花が笑った。
その笑顔を見てどきっとした。
病人の顔になっていたからだ。
つい何週間か前まではこんなことはなかった。
しっかり生きている生命力に満ちた笑顔だったのに。
病気はしっかりと花の身体を蝕んでいた。
「そういや検査結果は?」
一瞬返事が途切れたことをごまかすように話を変える。
花はああ、と気のない返事をした。
「何か出たらしいけど。あんまりどうしようもないんだって。何か難病らしくて。もし難病なら薬の実験台にしてもいいかって言われたじゃん? あれをほんとにするみたい。だけどまあ結局適当に付き合っていくしかないみたい」
あんまり本人もよくわかっていない、という雰囲気の説明だった。
そういえば、花自身薬の実験台になってもいいと言っている、と真美さんが言っていた。
どうやって病気のことを言わず確認したのかと思ったが、仮定の話だったのか。
「え、付き合っていくって時々おまえ倒れるってこと?」
わざと驚いたふりをすると、花は少し気まずそうに頰をかいた。
「まあ…そうみたい」
「そっか…」
なんとも言えない空気が流れる。
と、花がふいにいたずらっぽく笑った。
「だからずっと一緒にいてもからかわれなくなるね?」
ついおれも吹き出してしまう。
「ははっ、確かにな」
「やったね?」
そう言って女子最強の武器を使ってきた。
上目遣いだ。
咄嗟に目を逸らし、黙ってうなずいた。
花はちょっと天然の気があるので、おれの下手くそな誤魔化しに気づかないのがありがたかった。
こんな風に、病室ではいつもと変わらぬ日々が続いた。
しかし、病は容赦なく花の身体を壊していって、止まる様子が見えなかった。
医者の3ヶ月という見立ては決して辛いものではなかった、というのがおれたちにもわかってきた。
「持たねぇよな…」
カレンダーを見つめて、自室で1人、おれは呟いた。
今は入院してから2ヶ月半の11月半ば。
余命は残り1ヶ月半。
ギリギリまで粘っても1月頭まで。
ひまわりの時期には程遠い。
花が見せてくれた画像のようなひまわり畑に連れて行ってやりたい。
ずっと考えていたが、どうにも出来ない。
馬鹿みたいな方法であれば、いくつかは思いつく。
造花のひまわりを買ってきて病室を埋め尽くす、とか。
お金に糸目をつけず温室や海外で育てられたひまわりを買う、とか。
でも、たぶん、そのどれでも花は心の底からは喜ばないだろう。
あいつは、生きている花、土に植わって太陽に向かって伸びている花が好きなのだ。
切り花や造花ではそれは再現出来ない。
かといって、花の容体でオーストラリアに行くというのも無理がある。
「どうしたもんだかなぁ…」
もうこれ以上考えてもどうしようもない。
おれは女心がわからない。
だから本人に聞こう。
そう決めた。