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幸せと花  作者: 豆乳プリン
4/12

涙と花

 花がぱっと顔をあげた。

 それを尻目におれは自分の荷物を手に取った。


「待って、舜…」

「そんなことも、いえない存在ならおれはいらないだろ」


 握り締めた拳に力を入れた。

 爪が掌に食い込む。

 もういい。

 病室を出ようとドアに手をかけたところで花が叫んだ。


「舜!」


 そして背中にほわっと何かがあたる感触がして…温もりが広がった。


「ちょ、おまえ…」

 

 飛びついた勢いに負けて倒れ込みそうになる花を慌てて抱える。

 

 髪の毛をかき分けて顔を覗くと、涙に濡れていた。


「え、な、」


 戸惑うおれに花はさらに抱きついた。 


「ふぁっふぁっふぁーん」


 くぐもった泣き声。

 それを聞いて慌てていたおれの心が何故だか落ち着いた。

  

 よしよし、と髪を撫でる。

 闘病で栄養が行き渡っていないのだろうか、その髪は少し元気を失っているように感じた。


「…な、どうしたよ」


 落ち着くのを待っておれは花の顔を覗き込んだ。

 涙で濡れた顔がおれをちょっと見て、目を逸らした。


「…ったから」


「え?」


「……帰っちゃうと思って…」


  ちょっと気まずくなっておれも目を逸らした。

 

 落ち着いた今となっては激昂した自分が恥ずかしい。

 確かに、花の中でのおれの存在の小ささに腹がたったし悲しくなったけど、病人にあんな風に言うもんじゃなかった。

 何より、おれは自分がいたいからここにいるのに。

 見返りを求めてしまった自分が恥ずかしい。


「…悪かったよ」


 謝ると、花の頭がふるふるふる、と横に振られた。


「あたしこそ、ごめんなさい」


 それから慌てたように顔をあげた。


「で、でもねあのね! 言わなかったのは舜のせいじゃないよ! …っていうかその、舜に気使ったからとかそういうんじゃなくて…」


 ん?

 どういうことだ?

 何を言っているのかイマイチ掴めなくて首を傾げてしまう。


 何かを言おうとして止まった花は、ふううううう、と力を抜いて、また俯いた。

 

「…言おうと思ってたんだよ。だけど…」


 だいぶ躊躇ったのち、花はぽつりと呟いた。


「…怖くて」


「…え?」


 顔をあげて、泣きそうな顔で花は笑った。


 そんな顔しないでくれ。

 そう言いたかった。


「だって麻酔だよ? あたしはそうでなくても突然意識を失うのに…もしそれで二度と起きなかったら?」


 花の体が震えていた。

 それを今更ながら感じ取って、おれは花の手を握った。

 それを感じて花がちょっと笑う。


「舜に言ったら…怖いって言っちゃいそうで…」


 強がりたかったんだ、と花は言った。

 おれは抑えきれず、花を強く強く抱きしめた。

 花も抱きしめ返してくれる。


 しばらくそうしていて、気持ちが落ち着いてきたところで、おれは花の頭を軽く抱え込んだ。


「…泣いてもいーよ」


 花の力がふっと抜けた。


「ふ、ふぁっふぁ」


 おれの胸に顔をおしつけて、花が泣き出した。

 とんとんとん、と背中を軽く叩いてあやす。

 

「…怖いの、怖いぃぃ…」


 泣き声の合間から花が言った。

 

「大丈夫、おれは絶対いるから。おれは絶対いるから」


 慰めにはなっていないと思う。

 花が怖がっているのは明日の全身麻酔のことだろうし、ひいては今の自分の状況だろう。

 おれがいたからって何がどうなるわけではない。

 でもそれしか言えなかった。


 おれの胸に顔をうずめた花の頭が上下に動く。

 

「…撫でて…」


 …可愛すぎる。

 不謹慎ながらにやけそうになった口元を押さえて、おれは花の頭を撫でた。

 

 しばらくそうしておれは花の頭を撫でていた。

 

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