病気と花
聞きたくない。
咄嗟にそう思ったが、そういうわけにもいかない。
「…はい」
いつもなら笑顔を絶やさず優しい人なのに。
花のお母さん…真美さんは張り詰めた顔で座ろうともせずに言った。
「花の病気がわかったの」
「え?」
一瞬戸惑い、次の瞬間、出来るだけなんでもないものであってくれ、と望んでいた。
「脳神経性突発梗塞、というものらしいわ。突発的に脳梗塞のようなものが起こる病気なの」
「それって…」
喉がカラカラに乾いていた。
頭が動かない。
それは、治るのか?
何を聞こうとしたのかわかったかのように真美さんが俯いた。
「治療法は確立されていない。…発病した人の8割が半年以内に死ぬ…って…」
意味が、わからなかった。
しぬ
ってなんだ?
次いで、情報が波のように押し寄せてきた。
「はっ!」
思わず声をあげていた。
花が、花が、あの花が、花が、
死ぬ、
っていうのか?
「舜くん…」
呟いて、真美さんが顔をあげる。
彼女の視線がおれを貫いていた。
しばらく見つめ合い…ふと彼女が悲しそうに微笑んだ。
「…ありがとうね」
何が?
と、思った。
そんなことより花の話を、と、思った。
しかしおれの喉は固まっていて、声は出なかった。
「今まで、本当にありがとう。花もあなたのお陰で幸せだったと思うわ。…でもね、もういいの。もう、舜くんは自分の幸せを追って頂戴」
「無理です」
即答していた。
考えるまでもなかった。
「おれは、自分の幸せを追っています。今も。だから花のそばにいるんです」
真美さんの顔が歪んだ。
嬉しそうな、悲しそうな、辛そうな、複雑な顔で首を振る。
「…舜くん。こんな重荷をその年で負うことはないわ。お願い、花だってそう言うはずよ」
「絶対に嫌です」
しかし、おれは揺るがなかった。
おれは、絶対に花のそばにいる。
おれの断固たる気持ちを感じ取ったのだろう、真美さんが、ふっ、と力が抜けたように微笑んだ。
「…そうね。舜くんならそういうわよね…」
「はい」
その頬を涙が伝っていった。
「そう言ってくれることを…どこかでわかってた…。
ありがとう…」
何も言えず、おれはただ、真美さんを見ていることしか出来なかった。
******
真美さんは花には病名は告げないことにしたらしい。
家に帰ったおれは、ベッドに寝転がって天井を見上げた。
親はおれの顔を見て何を思ったのか、夕飯に遅れたことに何も言わなかった。
「花…」
ふと起き上がって、スマホで「脳神経性突発梗塞」と検索してみる。
詳しいことは何もわかっていないらしい。
ただ、突然に意識を失い、そして、いつかそのまま起きなくなる日がくるというのだ。
薬はまだ有効なものは見つかっていない。
発病してから平均余命は4ヶ月。
「待ってくれよ…」
いっそ見事というぐらい、なす術がなかった。
おれはその日、泣きながら寝た。
「おはよ…舜? 早いね」
次の日面会開始時間10時ぴったしに行くと、花が目をぱちくりさせていた。
「まあな」
適当にあしらい背中に隠していた紙袋を前に回す。
「あれ、大きな紙袋。どうしたの? それ」
出来るだけ照れないように意識しながらぱっと取り出したのは…花束だった。
「わっ、綺麗! え、どうしたの!」
花がはしゃいで身を乗り出す。
本当はひまわりが買いたかったがまだ季節じゃないらしい、売っていなかった。
「花好きなんだろ?」
持ってきた花瓶に生けて、サイドテーブルに置くと花が笑顔で手を伸ばしてきた。
「えー、どういう心境の変化よ〜〜」
悪戯っぽく笑いながらも目は花束から動かない。
こんなに好きならもっと早く買ってきてやれば良かった。
「…いや、別に」
これから毎日新しい花を買おう、とおれは心に決めた。
病気は実在しません