氷の空間
「待て待て、逃がすかよ!」
「『エア』!」
私は出入り口に向かうシルフたちを追う騎士たちを、薙ぎ払うように魔法で吹き飛ばす。
一応、世界を守ってる騎士だし、これからアスタロトが来るらしいから、大怪我を負わせられない。
だから、余程のことがない限り、魔法そのものによるダメージを与えられない『エア』で交戦する。
「行くぞ!“ハバキリ”!」
リゼは目の前を阻む騎士の甲冑を、上手いことハバキリで斬り落とす。
さらに、閉じられていた大きな扉を、紙でも斬るかのように容易く切裂き、活路を見出す。
そこからリゼたちは王の間から脱出したのを見届けて、私は出入り口の天井に手を向け、『ライト』で天井を崩す。
崩落した天井は、出入り口を再び塞ぎ、王の間からは追手が向かえない状況を作る。
「ちっ、余計なことを。だが、まあいいさ。用があったのはお前だったからな。正直、お前さえ殺せればあとはどうでもいい」
「そうなんだ、奇遇だね。私も貴方に用があったんだ」
「それは、六年前のことかぁ?」
「……気づいてたんだ」
「ああ。昨日たまたま、盗み聞きしちまってよぉ。お前がここへ来たら絶対に、六年前のことを王の前でほじくり返すだろ?そんなことをされたら、困っちまうからよぉ。もう、殺すしかねえだろ?」
「困ってるのは、……だよ……」
「ああ?何か言ったか?」
「困ってるのは!辛い思いをしてるのは!シラユキとセレディアさんだよ!馬鹿なことを言わないで!」
「ちっ、うるせぇ餓鬼だな。お前ら、さっさと殺れ」
グレゴリの指示通り、長い槍を持った何十人もの騎士たちが束になって、私に襲い掛かってくる。
その人たちの攻撃が当たる前に、私は『エア』で遠くへ吹き飛ばす。
だけど、相手は甲冑を着ているし、腐っても騎士だから、吹き飛ばされた衝撃だけじゃ、無力化できない。
それに、誰が一番早く私の身体に槍が触れるのか、相手の動きを見て躱しつつ、魔法で吹き飛ばすのは思った以上に体力が削られるし、使う魔法にも細心の注意を払っていた。
『エア』の威力を間違えれば、騎士たちを城外に吹き飛ばして、大怪我をさせてしまうかもしれないから。
だから、魔法にも気を張らなくちゃいけない。
これは、想像以上にしんどいね。
「隙あり!」
「えっ!?」
一人の騎士が私の顔面に向けて、矛先を向ける。
その距離は、まさに目と鼻の先。
ただ幸いなことに、騎士が「隙あり!」なんてことを、わざわざ言ってくれたおかげで、すぐに反応することが来た。
ギリギリの所で、掠りはしたけど、致命傷を避けることがき、その騎士を風魔法で吹き飛ばす。
危なかったー。
私は、頬に掠った傷を腕で拭っていると、パチパチと、乾いた拍手の音が聞こえてくる。その音を出していたのは、グレゴリだった。
「いや~、やるねぇ。これだけの数を相手に、ここまで粘るのは想定外だったなぁ。だが、それももうお終いだ」
「何言って……っ!?」
私は突然の身体の変化に気がついた。
吐き気、激しい動機、さらには視界がぐにゃぐにゃで、まともに立っていられない。
これは、グレゴリの魔法?
「さっき、槍に触れただろ?あれに毒を塗っておいたんだよ。その様子だと、よ~く聞いてるみたいで安心したよ。ちなみに、その毒は強力でなぁ。あと三十分ぐらいで、あの世に行けるぜぇ!六年前のことをほじくり返そうとした、自分を恨んで死ぬんだな!あははは!」
「最っ低」
私は、何とか意識を保ちながらそう言うと、グレゴリは私の目の前に立つ。
そして、気が付いたら私は床に倒れていて、腹部に強烈な痛みを感じた。
よく見えていていなかったけれど、多分、殴られた。
「げほっげほ」
この人、容赦なく殴ったな?
口の中が鉄の匂いで充満してる。多分、吐血しちゃった。
か弱い乙女のお腹を本気で殴るとか、ありえない。
「もう死ぬ奴の言葉なんか、何にも響かねえなぁ!おらおら、さっきの威勢はどうした?ああ!?俺に謝らせるんだろ!?」
そういって、グレゴリは私の腹部を何度も、蹴ってくる。
駄目だ、痛すぎて、魔法を使うのに集中できない……。
「はっ!そうやって、初めから大人しくしてりゃいいんだよ。セレディアのようになぁ!?」
「……どういう、こと」
「そうだなぁ。冥土の土産に一つ話してやるよ。なぁ、クソ真面目なセレディアが、何で王に事実を言わなかったのか、不思議に思わなかったか?」
確かに、言われてみれば不思議だ。
セレディアさんは言葉使いから所作に至るまで、とても真面目そうな人だ。
そんな人が、シラユキのことをアルクウェル王に話さないはずがない。
どうして?
「それはなぁ。事実を話したら、こいつの家族とこいつを慕ってる騎士どもを、殺すって脅したからだよぉ!そんときのセレディアの顔は、最っ高に面白かったなぁ!私は無力ですってよぉ、そんな顔してたんだぜ?笑えるよなぁ!」
「痛っ!」
私はいつの間にか腰を下ろしていたグレゴリに、髪の毛を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。
「静かに聞いてくれたお礼に、いいことを教えてやるよ。実は氷絶の勇者にも、お前と同じ毒を盛り込んであるんだよ」
「貴方、人じゃない」
「それがどうした?この世界はどれだけ巧みに嘘を付けるかで、出世出来るかどうか決まんだよ」
「そんな訳、ない」
「それがあるんだよ、なぁ!」
グレゴリは私の髪を放したかと思うと、もう一度腹部を蹴りつけてくる。
「つーかよぉ。氷絶の勇者も哀れだよなぁ!国中から信頼されてると思ったら、急に見放されてよぉ!そんで、信頼を取り戻すために、必死こいて頑張ってたら、今度は眠ったまま死ぬんだぜ?」
「哀れじゃ、ない」
「哀れだよ!?ちなみにお前も、同じだぜ!氷絶の勇者と友達になりたい?その結果がこれだ!哀れだよ!哀れ過ぎて笑えてくるぜ!ぎゃははは!」
「だから!哀れなんかじゃないって、言ってるでしょ!『エア』!からの『クリア』!」
私は痛みを我慢して、まずはグレゴリ吹き飛ばし、次いでシラユキの毒を浄化する。
「ちっ、まだ動けんのかよ」
「当たり前でしょ?ていうか、私、毒とか効かないんだよね」
私はそう言って平然と立って見せる。
そして、その場でぐるりと一回りして、元気そうなアピールをした。
「何!?嘘だろ!?」
「嘘じゃないよ。それよりさ、さっきの発言、撤回してよ」
「発言だぁ?」
「そうだよ。シラユキは、あんたの馬鹿な行動のせいで傷ついて、でも、それを乗り越えようと!必死に頑張ってるんだ!それを、哀れなんて呼ばないで!」
「ちっ、うるせぇ餓鬼だな。お前ら、息の根を止めてやれ」
グレゴリの号令の元、騎士たちは私に向かって突撃してくる。
私は攻撃を受けまいと『エア』を放つ準備をした瞬間。
「『グラース・エスパース』!」
そう女性の声が響くと、気が付いたら王の間全体が、凍っていた。
さらに言えば、グレゴリとその部下の下半身が氷漬けにされている。
私は、私の目の前に建っている、この部屋全体を氷漬けにした少女の名前を呼ぶ。
「シラユキ?」
私の声に、白銀のポニーテールを揺らして少女はゆっくりと振り返る。
ルビーのように美しい瞳からは、大粒の涙が溢れ出ていた。
そして、涙で顔を濡らしているシラユキは、一歩、また一歩と私の方へ歩み寄る。
そして。
「カノンさんは馬鹿なの!?」
「……えっ?」
美少女に怒られた。
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