Frozen heart-2
任務当日、シラユキは十一番隊の面々と共に、エルフ族のいる村へと旅立った。
しかし、王都出発から一日空け、あまり周りを見ていなかったシラユキは、あることに気が付いた。
着ている甲冑は、王国騎士団のそれと同じであったので、そこは問題ではなかった。
セレディアがいなかったのだ。
セレディアは、二十歳で王国騎士団の団長になり、当時は二十二歳。実力はもちろんのこと、誠実さと真面目な性格から、信頼における騎士団長として名が通っていた。
そんな人と一緒に仕事が出来ることを楽しみにしていたシラユキは、何故いないのか、副団長のグレゴリ、現在の十三番隊の隊長に聞いた。
帰ってきた答えは、子供に言っても分からない。それだけだった。
周囲の騎士団は、何故か彼女を馬鹿にしたような笑いが漏れ、不快に思ったそうだ。
不信感を抱いたシラユキは、休憩時間の多いグレゴリたちに、早く村へ向かおうと言った。
しかし、グレゴリは、信じられないことを言った。
今さら行っても、どうせ間に合わない。
続けて、グレゴリは誇り高き騎士団として、言ってはならないことを言った。
どうせ助けられねえんだから、戦闘が終わった頃に村へ行くんだ。そして国王にはこういうんだ。全力を尽くしたが助けられなかった、だが俺らは四天王を退くことに成功したってな。これで、俺らは成上げれる。危険な目に遭わず、地位と名誉を手に入る、最高だろ?と。
シラユキは、憤怒した。彼らは騎士の風上にも置けない。それに、これ以上共にいたら屑になる、そう考え全力疾走で、村へ向かった。
しかし、村はすでに火の海で、焦げた臭いがシラユキの鼻を強く刺激した。
誰か生きていないか、必死になって探しに行くと、一人の女性のエルフが、大きな化け物と人の形をした魔物と戦っていた。化け物がヒュドラ、魔物がアスタロトだということが後に分かった。
彼女と共にシラユキは交戦したが、圧倒的な強さに成す術がなかった。
それでも、彼女を助けたい、そう考えたシラユキは、相手が大技を出すタイミングで氷の魔法で氷壁を作った。
そして、壁が壊れる瞬間に、たまたま近くにあった井戸に入り、死んだように見せかけた。
これが功を奏し、敵を上手くだますことに成功した。
井戸から出たシラユキは、エルフの女性・ベロニカに涙を流し、嗚咽まじりに謝罪した。
もっと、早く来ていれば、彼らを救えた、と。
私にもっと力があれば、助けられた、と。
私のせいだ、と。
私が、みんなを殺したんだ、と。
それを見たベロニカは、自身が一番辛い目に合っているはずなのに、シラユキを笑顔ではげましてくれた。
その後、心と体、どちらにも傷を負ったシラユキとベロニカは、王都への帰路に着く。
すると、前方から、ケラケラと笑いながら、村があった方へ歩いてくる集団がいた。
その集団は、グレゴリ率いる騎士団だった、シラユキとベロニカがいることに気が付いたグレゴリは、酷く、悪い笑みを浮かべた。
しかし、咎める気力も怒る気力もなく、シラユキはグレゴリと共に王都へ帰った。
そして、シラユキに追い打ちをかけるような出来事が起こる。
ある日、シラユキが『ころんべあ』を出ると、国民から冷めたような視線で見られ、悪口を浴びせられ、酷い時には物を投げつけられたという。
お前なんかが、勇者を名乗るな、と。
突然、そんなことをされれば誰だって傷つく。
しかも、勝手に勇者だと祭り上げた人たちが、手のひらを返し、このような仕打ちをしてきたのなら尚更、深く傷つくのは想像に難くなかった。
この原因を作ったのは他でもない、グレゴリだった。
グレゴリは国王にこう報告したという。
必死に村へと向かったが、シラユキの幼さゆえの独断の行動により、多くの犠牲者が出た。しかし、我らは死力を尽くし、アスタロトとヒュドラを退け、一人だけ救う事ができた、と。
明らかに虚偽であると、シラユキやベロニカ、ガンテツさんたちは分かっていたが、その話を人伝から聞いたときには、すでに遅かった。
グレゴリの詭弁を、国王を含めた国中の人たちが信じてしまった。
そのことを訂正してもらおうと、ガンテツさんやベロニカは国中を駆け回った。しかし、国民はもちろん、王国騎士団やあまつさえ、王でさえ信じてもらえなかった。
なぜなら、証拠がなかったからだ。
グレゴリの発言が擬で、シラユキの発言が真である証拠がなかったのだ。
その後、グレゴリは予定通り十三番隊の隊長として成り上がり、シラユキは現在に至るまで、完全に心を閉ざした。
「最近になってやっと、俺ら会話してくれるようになったが、それまでは一問一答の状態だったんだよ」
「そうだったんですか……。それにしたって、酷い話ですよ。シラユキ、何も、悪くないじゃないです、か」
「カノンちゃん、泣いてるのか?」
「だって!だって……。小さい女の子が、命がけで助けに行ったのに、帰ってきたらもっと辛い目遭うなんて。あんまりだよ……」
私は、制服の袖で涙を拭いていると、ガンテツさんが可愛らしいハンカチを差し出してくれた。
その厚意に感謝して、ハンカチで涙を拭う。
「なあ、カノンちゃん。過去はどうにもならないが、未来なら変えられる。どうか、シラユキと友達になってくれないか。そんで、どうか、シラユキの心を明るく照らしてほしい」
ガンテツさんはそう言って、頭を下げた。
時折、鼻をすする音と、それに呼応して、地面に落ちる雫が、今までガンテツさんも苦しい思いをしてきたことが伝わってきた。
「六年前から、あいつの笑った顔を見たことがないんだ!……けど、カノンちゃんなら、笑顔にさせてくれる、そんな気がするんだ。だから、勝手を承知で、頼む……」
「ガンテツさん、顔を上げて?」
私がそう言うと、ガンテツさんは、ゆっくりと顔を上げてくれた。
その顔は涙と鼻水で濡れていて、見ている私も、つられてさらに涙を流しそうになる。
「私、シラユキと友達になるよ。元々、あんなに可愛い子と仲良くなりたいって思ってたし。だから、少し時間はかかっちゃうかもしれないけど、任せて!」
「……っ!ありがとう……。ありがとう……」
私はガンテツさんと熱く握手を交わす。
これは私にとって、誓いの儀式だ。
必ず、ガンテツさんのこの熱く、そして優しい思いを、シラユキの心に届けてみせるから。
私たちは、お互いに涙が止んだのを確認して、帰る準備をする。
私は家の方角へ身体を向けると。
ガタっ。
「ん?」
何か物音がしたので、そちらへ駆け寄ったけど、何もなかった。
気のせい、かな。
家に帰る途中、何か忘れてる気がするな、と思っていると、気づいたら家の前まで来ていた。
うーん、何だっけな。
「ただいまー」
「お帰りなさい、カノン。遅かったですね」
「ただいま、アルカ。それがね、偶然ガンテツさんに会って、つい話し込んじゃったんだ」
「そうだったのですね」
すると、キッチンの方から、エプロンを着ているリゼが私の方へ来た。
「カノン、帰ったか。調味料は買えたか?」
「え、調味料……?あー!忘れてたー!!!」
「ふふっ。今日は、薄味だな」
「う~、ごめんなさい」
「なに、たまにはこういうのもいいだろう。さ、早く夕食にしよう」
「うん」
私は、調味料がほとんど入っていない料理を口に運ぶ。
しかし、唇についた涙をきちんと拭けていなかったのか。
薄味と思われた料理が、程良い塩味を持って一口目は美味しく感じた。
二口目は……。
味気なかったな。
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