エルフの生き残り
「おう、おかえり!シラユキに、ベロニカちゃん!」
「うぃーっす、ってあれあれ!?今日は人いっぱいいんじゃん!めっずらしー」
「……お兄ちゃんも、来てたんだ」
「ああ。二人とも何か食べるか?」
「食べる食べる―!何作ってもらおうかなー?」
ベロニカと呼ばれたエルフは、後頭部に手を組んで店の奥へと歩いていく。その最中、こちらの方を眺めるように一瞥してから前を向き直す。
と思ったら、ベロニカは急に目を大きく見開いて、私ではなくリゼの方を見て驚いたような顔をする。
リゼはというと、リゼもベロニカと同じくらい驚いたような顔をしていた。
二人ともそろって同じ顔をしてどうしたんだろう?
以前にもどこかで会っていて、偶然再会したから驚いている、とかかな。
「どうしたの、ベロニカ。知り合い?」
シラユキと呼ばれた銀髪の少女が、私が投げかけたかった疑問を、首を傾げてベロニカに問いかける。
無表情で感情が読み取りづらいけど、首を少しだけ横に倒している彼女が、可愛い。
キョーヤ君の妹さんらしいけど、私の妹にしたいぐらい。
どうやったら、仲良くなれるかな。
「いや、違う、けど。嘘、だろ」
私が呑気なことを考えていると、ベロニカはシラユキの問いに歯切れ悪く答えていた。
どうやら以前にばったり会ってここで再開した、みたいな雰囲気ではないことは理解できた。
そうすると、驚いている要因は他にありそうだね。
何だろう、リゼがエルフだから驚いているとか?
いや、だとしたらベロニカもエルフだから驚くポイントではないはず。
ん?待ってっ待って!?
前にリゼが、エルフの生き残りは自分しかいないって本人が言ってたよね!?
だけど、ここにはエルフが二人もいる!
つまりはリゼとベロニカが何に驚いているのか、それは。
「リゼ以外にもエルフが生き残ってる!?」
私はつい、驚きと興奮のあまり大声を出してしまっていた。
まさか、ここで出会うことができるなんで、お互いにビックリするに決まってるよね。
私もビックリしちゃったし。
私は二人の成り行きを見守っていると、先に動き出したのはベロニカだった。
ベロニカはリゼが座っている席まで近寄る。
「リゼ、あんたリゼっていうのか?」
「あ、ああ」
リゼがそう答えると、ベロニカは不意に両手を上げる。
何をするんだろうと思っていたら、突然リゼの両肩を見るからに力強く掴んだ。
「な、なんだ!?」
「良かった……」
「え?」
「私以外にも、生き残ってるエルフがいて、本当に、良かったよぉ」
ベロニカのリゼを掴んでいる手や声は震え、鼻のすする音も聞こえてくる。
つられて、リゼも目尻に涙を浮かばせる。
そして、リゼは両腕でベロニカを包み込むように優しく抱きしめた。
「私もだ。まさか、自分以外にも生き残りがいたとは。今日ほど、嬉しいことはない」
「あたしもだよ!だって、二回も襲撃に遭ったら、誰だって自分以外生き残っていないって思うし!」
「二回、だと?」
「そうだよ。一回目はアドラメレク、二回目は同じ魔王軍四天王の一人、アスタロトにやられたから」
「何!まさか、ベロニカ以外にも生き残りがいるのか!?」
「……ううん。もう、いないよ。一回目の襲撃で生き残ったのは私を含めて、十五人だったんだ。でも、アスタロトと、アスタロトが連れてきたヒュドラとかいう化け物に全員やられた。六年ぐらい前かな」
「そう、か」
リゼの淡い期待も空しく、ベロニカからの告げられた事実は酷く悲しいものだった。
「あたしも死にそうだったんだけど、姉御、シラユキが助けてくれたんだ」
「シラユキ、あの子がベロニカを助けたのか?」
リゼの視線の先を辿ると、シラユキがそこに立っていた。
あれ、さっきまで無表情だったのに、今は違う顔をしている。
ほとんど変化がないように見えるけど、何となく、悲しそうだ。
それに、拳に力が入っているのかな、震えてる。
あれは、怒り、なのかな。
ベロニカがシラユキに助けてもらったことを話しているのに、どうして辛そうな表情をしているの?
ベロニカはそれに気づいたようで、一瞬だけ悲痛な顔を見せたが、すぐにそれは引っ込めて、話しを続ける。
「ああ。絶氷の勇者、シラユキ。あたしの命を助けてくれた敬意を込めて、姉御って呼んでるんだけど」
「姉御は、やめて」
「っていつも拒まれてるんだよな。ま、止めるつもりもないけど」
ベロニカはそう言ってからクスッと笑う。
私は、ベロニカに今日初めて会ったばかりだけど、彼女のことをこう思ってしまう。
「ベロニカは、強いね」
「ん?あたし、あんたたちの前で戦ったことあったっけ?」
「ううん、そういう強さじゃなくって。その、何て言うのかな。すごく、私なんかじゃ想像もできないぐらい、辛い体験をしてるのに。それでも、笑って前に進んでいるベロニカが、強いなって」
「そうかな?」
「ああ。私もそう思うぞ。少なくとも、私は、ここ最近までは笑うことすら忘れていたからな」
私とリゼの言葉を聞いたベロニカは、頬を少しだけ赤らめて、照れているようだった。
「まあ、こうして笑えるようになったのも、姉御のそばにいたおかげだな」
「私は離れてっていつも言ってる」
「酷いや姉御!?ま、それでもついていくけどね~」
「勝手にして」
シラユキは特に表情を変えずに、カウンターの方へ歩いていく。
そのおかげで、私はようやっとシラユキの後姿を見ることができた。
シラユキは腰まであるストレートの髪を一つ結びにしている、所謂ポニーテールなんだね。一歩、また一歩と歩みを進めるたびに、揺れるポニーテールが可愛い。
それにしても、エルフを二度も襲いに来るなんて。
それ程までに、魔王軍にとって、高い知性と魔力を持つエルフという一族を恐れていたのかな。
だとしても、なんて残酷なことをするのだろう。
四天王アスタロトに、化け物と呼ばれていたヒュドラ、か。
アスタロトもアドラメレクのように強いんだろうな。
いつ遭遇してもいいように、生き延びる術を身につけておかないとな。
もし、実力及ばず死んじゃったら、元も子もないからね。
「そうだ、あんたたちの名前を教えてくれないか?嬉しいことを言ってくれたリゼと、黒髪ちゃんにはあとでお礼もしたいし!あと、何の勇者なんだい?」
「そんな!お礼なんていいよ。思ったことをいっただけなんだから。私はカノン、こちらの愛らしい妖精はアルカ。それから」
「カノンのお嫁さんになる予定のシルフです。よろしく、ってげふ!?」
シルフは自己紹介を終える前に、アルカに本日最大級のデコピンをくらっていた。
そうして、シルフはテーブルに突っ伏し悶絶していた。
「シルフ!貴女、全然懲りてないじゃないですか!自己紹介位はちゃんとしてください!私たち精霊の品が疑われますよ!」
「え!?精霊なの!?」
「ええ。ですが見ての通り、今の私は妖精ですし、シルフは残念な発言しかしないので、私たちに変に気を使わなくて大丈夫ですよ」
「あ、ああ。分かったよ」
「それから、私たちは勇者じゃないよ」
「何!?」
私が勇者じゃないことを告げると、それに声を出して反応したのはガンテツさんだった。
ちなみに周囲を見回すと、キョーヤ君やライナ、クレール以外の面々も驚いている様子だった。
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