理不尽な世界
瞬く間にして、古びた外装から新築の様な姿を取り戻した『ころんべあ』の店内へ、私とアルカは進む。
この先に何が待ち受けているのだろう。
私の心の中には不安と同じくらい、冒険心をくすぐられ沸々と沸き上がる興奮にも似た感情が押し寄せていた。
私は織り成す二つの感情をそっと抑えるように、深みのある扉を閉め、内装を眺める。
外観からでは想像できないほど店内は広く、木材が使われているだろう丸いテーブルが六つ、それぞれのテーブルにイスが五つから六つテーブルを囲むように並んでいる。
中央奥にはカウンターがあり、イスが五つ横に並んでいる。
右奥には二階へ続く階段、左奥には下へ続く階段が見て取れる。
店内のほとんどの家具に木材が使用されているためか、木々の芳しい香りが漂い、自然と気持ちが落ち着く。
ここへは一度も来たことはないはずなのに、どこか懐かしい気持ちになる。
ここは、一体どういう場所なんだろう。
「カウンターのところまで行ってみよっか」
「はい」
私はアルカと一緒に店内の奥の方まで進んでみる。
慎重に歩みを進めていったけど、特に何も起こることなくカウンターへ辿り着く。
中を覗いてみると、氷の魔法石が埋め込まれている冷蔵庫や、料理を加熱する際に使用する火の魔法石、調理に使われるだろう鍋やフライパンなどが綺麗に並べられている。
もう少し観察してみると、スライド式の冷蔵庫を発見した。スライド式の扉は取手以外ガラスでできているのかな、中の物が窺える。
中に入っていたのは、規則正しく並べられている大量のビール瓶。
これらは栓がしてあるので、まだ未開封のようだ。
ここへ来てから見たものを総合すると、『ころんべあ』はレストラン、ではなく酒場なんだろうな。
「ここって今も誰かが経営してるのかな?」
「どうでしょう、ただ食器類が錆びれていないのを見ると、最近まで誰かがいたのは確かだと思います」
「だよね。呼んでみよっか」
「え、誰をですか?」
私は、アルカの問いに答える前に息を大きく吸う。
それから両手を口まで持ってきて、音が一点に集中するように手の平を広げて口元の両脇にそっと添える。
そして。
「すみませーん!誰かいませんかー!」
私はこのフロアだけでなく地下や二階にも響くように大きな声を出してみた。
「ちょっと、花音!急に大声なんて出して、変なのが来たらどうするんですか!?」
「大丈夫だよ、危なかったら逃げればいいだけだし」
「それはそうかもしれませんが…」
アルカは心配そうにしてるけど、多分稀有に終わるんじゃないかな。
根拠はないけどね。
私が大きな声を出してから数分待ってみたけど、物音ひとつしない。
ここには誰も住んでいないのかな?
「どうやら誰もいなさそうですね」
「おかしいな、誰かいると思ったんだけど」
「どうしてそう思うんですか?」
「何かね、ここへ来る前に頭の中に鐘の音が鳴ってたの」
「そういえばそんなことを言っていましたね。その音と誰かがいるかもしれないということはどう結びつくと考えているのですか?」
「うーん、何となくなんだけど、呼ばれてるような気がしたんだ」
「ここに住んでいるかもしれない人にですか?」
「うん、多分ね。それか、このお店自体に呼ばれたのかも」
「ですが、誰もいなさそうですね」
「そうなんだよね。気のせいなのかな?」
私はうーんと唸りながらもう少しだけ待ってみようと、アルカに提案し、その提案を承諾してくれた。
カウンターの椅子に座り、十分ほど待ってみたけれど、結局誰も来なかった。
「来ないねー」
「そうですね、そろそろ戻りますか」
「うん、もう空腹でどうにかなっちゃいそう」
私はお腹をさすって空腹アピールをすると、アルカはそれを見て、優しく語りかける。
「それは大変です、他のお店を見つけてお昼にしましょう」
「うん」
私は席を立ち後ろを振り返る。
すると、いつからそこにいたんだろう。
私より一回り大きい男の人間がいた。
身長は大体百九十センチメートルは越えてるんじゃないかな、それぐらい大きく見える。
筋肉質な体つきをしていて、白いタンクトップを着ているが今にもはち切れるんじゃないかと思うぐらい、たくましい筋肉をつけている。
表情は、店内に明かりが点いていないのと、身長が高いせいで読み取れない。
しかし、一つだけ分かることがあった。
それは、この人には絶対に勝てない、ということだ。
本能がこの人に逆らうのは危険だって警告している気がする。
目に見えて筋力があるからとか、男性だからとかそんな簡単な言葉で片付くことは出来ない。
こういうのを何て言えばいいんだっけ。
ああ、思い出した。この男性からは覇気が出ているんだと思う。
逃げようと思っても、足が震えて逃げ出すことができない。
どうしよう、アルカに余裕たっぷりに言った直後に、こんな風になるなんて恥ずかしい。
「お前たち、何もんだ?」
「私は、妖精のアルカ、と言います。隣にいるのは、人間の花音、です」
アルカも恐怖を感じているのか、何とか言葉を捻りだしているように聞こえる。
男は腕を組み、大きく息を吐く。
「俺の質問に対して名乗るのは間違いじゃねえが、正解でない」
「では、何と答えればよかったのしょうか?」
「さあな、それはあの世で考えな」
男は組んだ腕を緩め、右手を後方に引く。
私は男が行おうとしていることに、危機感を感じたので私は慌てて口を開く。
「何を、しようとしてるの?」
「見て分かんねえのか。回答を誤ったこの妖精に罰を与えるんだよ。死を持ってな」
嘘でしょ、そんなの理不尽すぎる。
質問に対してたった一回間違っただけで、殺すの?
この人はどうかしてる。
私は男を睨みつけるとその視線に気が付いたのか、目があったと同時に鼻で笑った。
「どうせ、たった一回の誤答で殺すのは間違ってる、とか思ってんだろ」
「っ!そうだよ、間違ってるでしょ。あまりにも理不尽だよ」
すると、男は突然、大きな声で笑い始めた。私、可笑しなことは言っていないはずだけど。
ひとしきり笑い終えたのか、荒ぶる呼吸を整える為か深呼吸をし、私の方へ鋭い視線を向けられる。
その視線に硬直効果でもあるのか、足だけでなく今度は目も動けなくなった。
代わりに心臓の鼓動は早まり、嫌な汗がどんどんにじみ出てくる。
「理不尽ねぇ。なあ知ってるか?この世界は理不尽でできてるんだぜ」
「理不尽で、出来てる?」
「ああ。弱いものは強いものに従い、脳のない奴は脳のある奴にこき使われる。これだけでも理不尽極まりないってのに、まだまだ理不尽なことは沢山あるんだよなぁ」
男は間髪入れずさらに続ける。
「あとは、こいつのように一つの間違いが生死を分けることもある。この世界にいる以上、魔物との戦いは避けれねえし、死と隣り合わせだ。一歩間違えば死に、パーティーで動けば一人の判断ミスで全員の命が散る。そうだろ?」
私は男が言ってることに反論したかった。
この世界は理不尽なんかじゃないと。
だけど、考えれば考えるほど、この男に言っていることは間違っていないという結論に結びついてしまう。
「異論なしっと。そんじゃ、強者である俺が弱者でかつ答えを間違えた妖精に罰を与えるのは何も間違っていないよな?」
視線をアルカの方へ戻し。拳に力を込める。
「しかも、お前ら見たところ一緒に行動してるみたいだな。良かったなぁ、お前は運がいい」
「何、言ってるの?」
「だからよぉ、こいつの判断ミスでお前も危うく道ずれになるところだったんだぜ?それを未然に防ぐために、俺がこいつを殺してやるんだよ。感謝してほしいぐらいだぜ」
ダメだ、動かなきゃ。アルカが殺されちゃう。
アルカもどうして逃げないの!?
私は何とかして、首を横に向けて無理やり目をアルカの方へ向ける。
そこには、いつものように優しく微笑み、時には呆れた顔をしているいつものアルカはいなかった。
恐怖で身体が小刻みに震え、大きく見開いた瞳からは決壊したダムのように涙を流し、絶望に怯えているアルカがそこにいた。
動かないんじゃない、きっと動けないんだ。
自然と、私も涙が溢れる。
アルカのこんな姿を、私は、見たくはなかった。
「そんじゃ、長話も疲れたしそろそろ終わりにしようや。お嬢ちゃんはよーく見てな。これが理不尽ってやつだよ」
男は右足も後方へ持っていき、今にも鉄槌が下されようとしている。
このままじゃ、アルカが死んじゃう。
どうして、どうして、私は動けないの?
いつもなら動けるのに!
女の子を助けたときも、ベリアルと戦ったときも、アドラメレクと戦ったときも、動けたのに!
何で、どうして、目の前で大切な仲間が殺されそうなのに動けないの。
「いやだよ、アルカ、頑張って逃げてよ、お願いだから」
私は、震える声を振り絞る。
その声が届いたのか、アルカは顔だけ、私の方へ向ける。
すると、小さな口から、蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「ごめんなさい、花音。身体が、動かないんです」
「それでも、動いてよ。首、動いてるよ?身体も、同じようにすれば…」
しかし、アルカは首を振り、私の願いが叶えられないこと知らせる。
「そんじゃ、ばいばい。妖精さん」
男は無慈悲に右手の拳を、アルカの方へと繰り出す。
私は、それをただ見ることしかできないの?
「花音」
アルカは私の名前を呼ぶ。意識をアルカの方へやると、アルカは必死に笑顔を作り、口を開く。
「これからも、強く、生きて」
駄目だよ、生きることを諦めないでよ。
そんなの、許さない。
私の思い描く世界には、誰一人として欠けることは許さない。
私も、シルフも、リゼも、アルカも、みんなにいてほしいんだよ。
「駄目ぇー!」
拳がアルカに近づく瞬間、ようやく、身体が動いた。
理由は分からない。だけど、これならアルカを助けられる。
お願い、間に合って!
「中級魔法!『ホーリーシャイン』!」
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