レッドスライム・ハンドレッド
王国を出てから数十分ほど歩き、私たちはレッドスライムが生息している平原までやってきた。
この平原一帯は約一か月前に、私とアルカ、そしてシルフの三人で修行をかねてレッドスライムを討伐し、かなりの数を減らしたはずなんだけど。
「増えてるね、レッドスライム」
「そうですね、ですが修行にはいい環境です」
「アルカの言う通りです、頑張りましょう」
「うん」
今回のクエストはレッドスライムを百体討伐することで完了する。今の私たちならレッドスライムを百体討伐するのは驕りでも何でもなく余裕でこなせる。
だけど、ただ倒してしまっては本来の目的である修行にはならない。
ゲームだったら、魔物を倒せば経験値が手に入り自然と強くなれる。しかし、ここは現実の世界なのでそう簡単にレベルアップはできない。
だから、私たちは各々の課題を意識して戦闘をしなくてはならない。
どのような力を手に入れたいのか、力を手に入れるにはどのようなステップを踏んでいく必要があるのか。
ここまで考えて、初めてレベルアップすることができる。
大変ではあるけど、成功や失敗といった経験をコツコツと積み上げることができるので、楽しかったりもする。
私の課題はアステール火山で気を失ってから今日まで戦闘をしていないので、鈍った感覚を以前の状態に戻す。
その後、イフリートから受けた加護を使いこなすために、初級炎魔法をマスターし、それぞれの属性で中級魔法が扱えるようにする。一朝一夕じゃ身につかないけど、一歩ずつ焦らずに頑張ろうと思う。
アルカは自衛ができるように初級魔法を習得するって言ってたな。
生前に培ったアルカディウスの知識はあるものの、魔力操作という点で精霊と妖精では勝手が違うらしく、意外と難しいんだって。
それと、身体強化魔法の効力を向上させるのも課題の一つみたい。
シルフとリゼの課題はほとんど同じで、能力に磨きをかけると言っていた。
二人ともアドラメレクとの戦いで、思ったよりも練度が足りていなかったと悲しげにつぶやいていた。
二人の課題は目に見えて成長を実感できる、といった簡単なものではない。
だから、ときどき強敵な魔物を討伐するクエストに出向き、どれくらいレベルが上がったのか試すと話していた。
私は鈍った感覚を取り戻すために、半分ぐらいの威力で『ライト』を使う。
レッドスライムの方へ両手をかざし、魔力を込める。
魔法を使う際にとても重要になってくるのは想像力だ。この世界では想像力が具体的であるほど威力やコントロールといった性能が上がる。
私のイメージは両手から放たれる光によって、魔を滅するような光魔法だ。
想像力が強固のものとなっていれば無詠唱で魔法を使うことは出来るし、今の私でも使用できる。
だけど、今回の目的は戦闘における感覚を取り戻すこと。であれば応用技を使うのは適切じゃない。
相手の動きを観察し、隙ができたところで素早くイメージし詠唱を行う、この基本の動作が私の修行において最も効果的な手法じゃないかと思っている。
「さて、イメージは大体できたから後は呪文を唱えるだけだね。今なら魔法を当てられそうだし。いくよ、『ライト』」
私が詠唱すると両手の前に白い魔方陣が展開さる。
そこから白い魔力の塊が集まり始め、徐々に塊が大きくなる。半分ぐらいの威力を出すには十分な魔力が集まってきたところで、私は魔力を集める操作から魔法を打ち出す操作に切り替えてレッドスライムの方へ『ライト』が放つ。
レッドスライムに光魔法が直撃すると同時に、お腹に振動が伝わるほどの爆発を引き起こし、周囲にいたレッドスライムを巻き込んだ。
ああそういえば私の初級魔法は、一般的に使用される初級魔法よりも大分威力が高いことを失念してたよ。てへっ。
アルカ曰く私の初級魔法の威力は、一般的な方々が使う中級魔法から上級魔法の間に近い威力が出ているのだという。
そのことで本当に人間なのかって疑われてたな、私を転生させたのはアルカのはずなのに酷いよね。ま、愛らしいから許しちゃうけどね。
そんなことを考えていると、近くにいたシルフが声をかけてきた。
「カノンやり過ぎですよ~。レッドスライムがもう半分程度しか残っていないじゃないですか」
「ごめんね、シルフ。魔法の威力が高いってことをすっかり忘れてて」
「…それは忘れてはいけないのでは。まぁいいでしょう。お詫びとして、今週一週間は私と一緒に寝てください」
どうやらシルフは私と一週間、一緒に寝てくれたら許してくれるらしい。私にとってもシルフにとってもご褒美のような気がするけど、そこはあえて触れない。なぜなら折角のシルフと一緒に寝られるチャンスを逃してしまうかもしれないからだ。
一週間、か。
「一週間だけでいいの?」
私が言うと、シルフは組んだ手を胸元にあて、少しだけ首を傾げて言う。
「一か月でお願いします」
シルフの所作に興奮して思わず鼻血が出そうになっちゃった。可愛すぎだよ。
幸か不幸か、レッドスライムを倒し過ぎたおかげで、シルフと一緒に寝る約束を取り付けることができた。しかも一か月、やったね。
夜の楽しみが一つ増えたことに気持ちが舞い上がっていると、いつの間にか私の目の前にリゼがいた。リゼは綺麗に整った眉を寄せて、少しだけ怒っている。
「カノン、今は戦闘中だぞ。雑談はほどほどにした方がいい」
「ごめんなさい」
私はリゼにごもっともな注意を受けて謝る。
次にリゼはシルフのいる方に視線を向けて、私にしたように注意する。
「すみませんでした」
全く、とリゼはため息をつく。
「それと、今日は私も一緒に寝たいのだがいいか?」
「リゼ!私に言ってることが違いますよ!何さり気なくカノンと雑談しているんですか!?カノンもリゼに一言いってやってください!」
「今日だけでいいの?」
「カノン!?そういう一言ではないです!」
「いや、一か月で頼む」
「貴女もさらっと期間を延ばさないでください!」
「はぁ。シルフ、元気なのはいいのですが、もう少し声のボリュームを下げてください」
「どうして私だけ注意されてるのですか!?納得いきません!」
シルフはいつの間にか注意してた側から注意される側にシフトチェンジしている。私たちのパーティーって怖いね。
それにしても、この話しの流れはいいんじゃないかな。シルフとリゼが一緒に寝てくれるのであれば、きっとアルカも便乗して私と一緒に寝ませんか、と言ってくるはず。
私は期待の眼差しをアルカに向けてみる。
その視線に気が付いたアルカは私の方を見て口を開く。
「さ、修行に集中しますよ」
「そこは一緒に寝ませんか、じゃないの!?」
「何を言ってるんですか。カノンと同じ寝室なのですから一緒に寝るのは当たり前のことでしょう」
「え、同じ、寝室?」
どういうこと?昨日は一人で寝た気がするんだけど。
「昨日はカノンの部屋にあるロフトの上で寝てましたよ。カノンは疲れが溜まっていたようで、私が部屋に入ったころにはすでに寝ていましたが」
「あのロフトって、アルカの就寝スペースだったんだ。ということは、アルカと私はすでに同衾していたということ!?」
「いえ、同じお布団で寝ていないので同衾ではないかと」
「あ、そっか。じゃあアルカも私と同じベッドで寝よう!」
「…じゃあってどういうことですか、全く。でも、今日のクエストを無事に乗り切ったらいいですよ。ですから、クエスト頑張りましょう」
「うん、頑張る」
むふふ、みんなと一緒に寝ることを想像したら気分が上がって来ちゃった。
よし、クエスト頑張るぞ。
シルフがアルカも雑談してるじゃないですかと愚痴をこぼしつつ、私たちは残りのレッドスライムで修行に勤しんだ。
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