Side-S-2 (シルフ視点)
私とアルカはアステール火山からポートワールの前まで飛んできました。リーゼロッテたちを探すために街の中へ足を踏み入れると、まるで私たちが来ることを予想していたかのようにポートワールの住民らしき方々が私たちの方へやってきました。
私とアルカはどうしてこちらに向かってきているのか分からず、相手方の出方を窺っていると、一人の男の獣人が声をかけてきました。
「おーい、君たちが魔王軍と戦ったっていう方々かい?」
「あらやだ!あなたたちも相当ひどい怪我をしてるじゃない!早くお医者様に見せてあげないと!」
「病院はこっちだ、さぁ早く!」
「えっと…ありがとう、ございます」
私は住民たちの突然の対応に困惑してしまい、歯切れの悪い感謝の言葉を口にしてしまいました。住民の方たちの先導して頂きながら病院へと向かう途中、私は気になっていたことを聞きました。。
「あの、あなたたちもってどういうことですか?」
「ああ、それはな。あんたたちがここへ来る前にも大怪我をしてたお嬢ちゃんたちがいたんだよ」
大怪我をしたお嬢ちゃん、というのはきっとリーゼロッテとカノンのことでしょう。
無事にたどり着いたようでよかったと、私は心を撫でおろしました。
「そうっだったんですね」
「おう。それにしても驚いたよなぁ。突然大声が聞こえてきたと思って外に出たんだよ。そしたら傷だらけの黒髪のお嬢さんを抱えたエルフの子がいたんだもんな」
「それでねぇエルフの子ったら私たちに泣きながら、カノンを助けてくれって何度も何度も言ってきたのよぉ」
「それから精神的にも相当まいってたのかな。エルフの姉さんが、頼ってばかりでみんなに迷惑をかけただの、未熟さゆえにカノンをこんな目に遭わせてしまっただの、聞いてるこっちが辛かったぜ」
「そのようなことを言っていたんですか、迷惑だなんて。リーゼロッテがいなければ私たちは今頃ここへ戻ってくることは叶わなかったのに」
アルカの言う通りです。リーゼロッテがいてくれたから、アドラメレクの強さに絶望することなく立ち向かうことができたというのに。迷惑だなんて誰も思うはずがありません。
「そうだよな、本当に頼ってばっかりなら、足が血だらけになるわけがねぇ。あんなの相当無理しないとあんなふうにはならないだろ」
「足が傷だらけだったのですか…」
つまりリーゼロッテは靴を履いていて気づきませんでしたが、足に怪我をしたまま戦っていたということですか!?
アステール火山でカノンを抱えたときは痛そうな素振りなんか一切見せなかったじゃないですか。それにカノンを抱えながら、この街で病院を探すのは足に負担がかかって相当辛かったはずです。
本当にカノンもリーゼロッテも、自分のことは棚に上げてどうしてそう人の心配ばかりするんでしょうか。お人好しにも程がありますよ…。
「私たちが向かっている病院にリーゼロッテとカノンはいますか?」
「ああ、もちろんだとも。二人ともこの街で一番大きな病院にいるよ」
「それと余計なお世話かもしれないが、治療が終わったらよぉ」
「分かっています。リーゼロッテとしっかりとお話します」
「ああ、落ち込んでるエルフの姉ちゃんには仲間の言葉の方がしっかり響くだろう」
そうして案内されたとても大きな病院で、私とアルカはお医者様に治療していただきました。その場で完治したのはアルカだけで私と、後から合流したリーゼロッテは全治一週間と言われました。それでも傷の治りが早い方だと言われました。
カノンについては早期に治療できたおかげで命に別状はないとのこと。あと数分遅れていたらどうなっていたか分からないと仰っていました。
アステール火山をすぐに出発するように促してくれたイフリートにはいつかお礼をしなくてはいけませんね。
お医者様はただ、と言葉を続けカノンがいつ目を覚ますかは本人次第、つまり予想がつかないとのことでした。
この街で治療されてから一週間、怪我が完治した私とリーゼロッテ、そしてすでに完治しているアルカの三人でとある喫茶店にやってきました。
リーゼロッテは初め、私たちに会わせる顔がないと暗い顔をしていましたが、せめて話だけでも聞いてほしいとお願いをし、渋々了承してくれました。
ここへ来たのは他でもありません。情報共有と、それからリーゼロッテとお話しするためです。情報共有とは主にアルカが抱えている秘密について、です。
私たちはリラックスして話し合いをするためにケーキと紅茶を注文し、それらを嗜んでいました。決して、甘いものが食べたかったからとかではないですよ、本当ですよ。
「えーとアルカ、言える範囲で構いません。私たちに秘密にしていることを話してくれませんか?」
「…そうですね、もう隠す意味もないですし全てお話しします」
「あの、私もここにいていいのだろうか」
「いなきゃダメです」
「はい」
リーゼロッテは叱られた後の子供のようにしゅんっと落ち込んでしまいました。私、リーゼロッテは落ち込むようなことは言ってないはずですが、その、申し訳ありません。
アルカは妖精用の小さいマグカップに入っている紅茶を一口飲んでから、私とリーゼロッテ双方の顔を順に見てから口を開きました。
「それでは私が抱えている秘密についてお話いたします」
まずは私が知っていてリーゼロッテが知らないことをアルカは話してくれました。それはカノンがこの世界の住人ではないということです。リーゼロッテは長く生きているからでしょうか、転生についてさほど驚く様子もなく、むしろ得心がいったという反応をしていました。
続いて私も知らないこと、アルカも転生者だということです。アルカの身体は元々親友のカミーユのもので、誓約のもとにアルカディウス様の魂がカミーユの身体に入ったそうです。なるほど、では目の間にいるのはアルカディウス様なんですね…。
「えっと、え?アルカはアルカディウス様?」
「はい」
「冗談とかではなく?」
「ここで冗談を言えたら大したものですよ」
「で、では質問です。私とアルカディウス様しか知らないことを一つ言ってみてください」
「分かりました。シルフは生粋の黒髪美少女が大好きでしたね」
ギクッ。確かに私は黒髪美少女が大好きですが、カノンとのやりとりでそれは予測できることなのでまだ目の前にいる方がアルカディウス様である証明にはなりません。
「そして、森を統治し守るために身動きのできないシルフは、私に幻影魔法について教えてほしいと泣きながら言ってきましたね。幻影が森を見守っていれば貴女は黒髪美少女のいる街へ出かけられますからね。まぁ教えを乞うてきたときはそのことは口にせずもっともらしいことを話していましたが」
あ、本物ですね。そうです、人間は苦手ですが黒髪美少女は別腹で、何とかして見ようと普段は使わない頭を全力で回転させた結果辿り着いたのが幻影魔法でした。そしてアルカディウス様の言う通りもっともらしいことを言って幻影魔法を教えていただきましたね。
「もっともらしいってことは私の真意は気付いていたんですか?」
「当たり前です、何年の付き合いだと思っているのですか。それで、魔法を教えたはいいものの、シルフは結局見るだけにとどまらず黒髪美少女に手を…」
「わー!待ってください、本物ですね!アルカディウス様今までのご無礼大変失礼いたしました!」
どうしてこうなったのでしょう、先ほどまではなかなかのシリアスな雰囲気だったのに!
慌ててリーゼロッテの方を見てみれば、顎に手を当てて何か考え事をしてから私の方へ目線を向けてきました。
「シルフ、手を出したとはどこまで手を出したんだ?」
「真剣な顔でそんなこと聞かないでください!さっきまでの落ち込んでいましたよね!?というか、手を出しそうになりましたが未遂で終わってます!」
「それは私が止めたからでしょう!」
「あのたきは失礼いたしました!」
本当にどうしてこうなったのでしょう。予定ではアルカ、いやアルカディウス様の秘密をさらけ出してもらって、色々と真剣に話し合いをして最後は感動で幕が閉じる。そのビジョンが見えていたはずだったのですが、いつの間にか私が責められている構図になっていました。
ああ助けてくださいカノン、早く目を覚まして傷ついた私の心を癒してください。
「あのー、これからはアルカ、ではなくアルカディウス様と呼んだほうが良いのでしょうか?」
「いえ、私はもう精霊王女でもなんでもありません、ただの妖精です。ですから今まで通り、花音から頂いた名前で呼んでほしいです」
「分かりました」
アルカディウス様、いえアルカはカノンに名付けてもらったことを思い出したのでしょうか、緩んだ顔をしてあまつさえ少し頬を赤らめています。
「今さらっと惚気ましたね!」
「惚気てなんかいませんよ、シルフ。いえシルフ様」
「様を付けるのを止めてください!シルフでいいです!」
「何をムキになっているんだ、シルフ様」
「リーゼロッテは意外と意地悪な方ですね、もう助けてくださいカノン!」
私が嘆いていると、リーゼロッテがそういえばと口にしてから、アルカの方へ視線を向けました。
「アルカ、気になっている事が二つあるのだが聞いてもいいか?」
「もちろんです」
「一つ目はアドラメレクの発言についでだ。あいつと魔王はカミーユのことを知っていたようだが、アルカはその者たちとカミーユがどういう関係だったのか知っているか?」
「いえ、そのことについては私も驚いていました。カミーユと魔王軍にどのような繋がりがあるのか、私にも分からないのです、すみません」
「いや、気になっていただけだから謝る必要はない。それともう一つ、カノンについてだが彼女は今封印が解かれている状態で間違いないか?」
「はい。そもそも封印をしていた理由は、お二人とも先の戦闘でもうお気づきかもしれませんが、花音は中級以上の魔法を扱えば身体がその衝撃に耐えきれず傷ついてしまいます。ですから不意に中級以上の使ってしまうのを防ぐために封印を施しました」
「そうしますと、今後も中級以上の魔法は使わせないようにまた封印をするのですか?」
アルカは少し考えてから、カノンの今後について結論を出しました。
「いえ、もう封印はしません。いずれは花音には上級魔法を使いこなせるようになってもらいたいので。それに初級魔法だけでは太刀打ちできないことは前回の戦いで嫌というほど認識させられましたから」
「そうだな、あそこまで苦戦を強いられるとは私も思っていなかった」
「では段階を経てカノンに上級魔法を習得していただく、ということですか?」
「そうなりますね」
「ではカノンにばかり負担をかけさせないように、私も修行します!」
「ええ、私も自衛できるぐらいの魔法を習得します」
「そうか、みんな頑張ってくれ」
「何言ってるんですか、リーゼロッテも修行するんですよ?」
私の言葉にリーゼロッテは一瞬キョトンとした顔をしてから、いやいやと首を左右に振り始めました。
「私がいてはみんなにまた迷惑をかけてしまう。だからここで別れ…」
「迷惑だなんて誰が言ったんですか?」
「それは、誰も言っていないが」
私の問いにリーゼロッテはそう答えて俯いてしまいました。きっとゴーレムを私たちに任せて突っ走ってしまったことや、街の方々から聞いたように、未熟ゆえにアドラメレクとの戦闘でカノンが瀕死になるまで頼ってしまったことを後ろめたく思っているのでしょう。
ですがそんなことは私たちやカノンは迷惑だなんて思っていない、ということを伝えなくてはいけませんね。
「リーゼロッテ、確かに貴女は復讐に囚われて私たちに厄介ごとを押し付けました」
「ああ、そうだ」
「ですが私たちでしたらそんな厄介ごとなんて簡単に片づけられます!現に簡単に片づけましたし」
アルカもリーゼロッテを励ますために手を握り、聖母のような笑みを浮かべました。
「シルフの言う通りです。全く気にしなくていい、とはいいませんがそんなに落ち込まなくていいんです。生きとし生ける者同士が関わり合いを持っていたら、迷惑なんてものは巡り巡ってくるものなのですから」
「巡り、巡る?」
「はい、私たちは生きている限り必ず誰かに迷惑をかけてしまいます。ですが、そんなことは当たり前なのです。もし誰かに迷惑をかけてしまったのなら、迷惑をかけてしまった方が困っているときに助けてあげればいいのです。ですから迷惑は順番で巡ってくるんですよ」
「次は私が助けてもらった者を助ければいい、か」
「はい。ですから、これからも私たちと支え合って生きていきませんか?」
アルカが慈悲深い所は、魔力があろうとなかろうと、姿形が変わろうと変わらないですね。やんちゃが過ぎるイフリートでさえアルカに畏敬の念を持つのは、アルカの心が温く情が細かいことを身をもって理解しているからなのでしょうね。
「分かった、ではまた迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」
「よろしくお願いします、リーゼロッテ」
私とアルカがリーゼロッテと握手を交わした瞬間、アルカがニヤッと悪い笑みを浮かべたのは気のせいでしょうか。
「では早速出申し訳何のですが、困っていることがあるので助けてくれませんか?」
「ん、何だ?」
「実は私たちの治療費と入院費で金銭面に大打撃を受けていまして」
「ふむ」
「まとまったお金はアルクウェル王国にあるのですが、取りに帰ると入金日を過ぎて最悪お尋ね者なってしまう可能性があるので、私たちと一緒にお金を稼ぎませんか?」
ああ、先ほどの悪い笑みはそういうことですか。今までの発言はもちろん真実ではあるのでしょうが、この時のための布石でもあったのですね。
これまでの話の流れで断れる者はそうはいないでしょう。この打算的な考えができるところもアルカの恐ろしくも良いところですね。
そうして私たちはカノンが目覚めるまでの間、ポートワールのクエストをこなして医療費と入院費、食費に宿代を稼いでいました。