無詠唱
「花音、いつの間に無詠唱で魔法を使えるようになったのですか!?」
「たった今使えるようになったよ」
「たった今ですか!?」
「レッドスライムを観察してたら、無詠唱で魔法を使えるようになった!」
「観察してただけで、だと...」
リーゼロッテは豆腐でも斬るかのようにレッドスライムを軽々と倒しつつ、私が無詠唱魔法を習得したことに驚きを隠しきれていなかった。
「この際、無詠唱での魔法の使用がどれほど難しいかは後ほど話します。今はこの状況を突破しましょう」
「う、うん」
私が習得したことは本当は難しいことなんだね。アルカたちにどうして体得するのが難しいのか聞こう。
それよりもアルカの言う通り、この状況を打破して一旦落ち着かなければならない。
私はレッドスライムが攻撃するよりも早く魔法を使って倒しているが、これだけでは全てを倒すのに何時間かかるか予想もできない。
レッドスライムを一括で倒す方法は何かないか。
そうだ、シルフの『ツオール・テンペスト』で一網打尽にすればいいんだ。幸い、私たちがいる場所は広域魔法を使えるほどの広さがある。あとは、作戦を伝えて承認を得てから実行するだけだ。
「シルフ、リーゼロッテ!作戦を思いついたんだけどいいかな!」
「作戦とは何だ?」
「シルフの『ツオール・テンペスト』でこの状況を突破したいの。まず、私とリーゼロッテでシルフが詠唱するために集中できる時間を作る。そして、魔法が使える状態になったら、シルフにドカーンとレッドスライムを一網打尽にしてほしいんだけどいいかな?」
私が作戦を伝え終えると、二人ともすぐに顔を縦に振ってくれた。
「その作戦、乗りました!」
「ああ、問題ない。私はカノンの攻撃に合わせて動くから、好きなように魔法を使ってくれ」
「二人ともありがとう!アルカ、強化魔法の維持をお願い」
「もちろんです」
シルフが魔法を使うために集中している間、私とリーゼロッテはシルフの前に立つ。
レッドスライムがぷるぷると震え魔法を使う準備をしている。私はレッドスライムが魔法を使う前に私の手の動きに合わせて『ライト』を使う。私が手を上から下に振ればレッドスライムの真上から魔法が放たれ、手を下から上に振れば先ほどとは逆向きに魔法が放たれる。
私の場合、無詠唱で魔法を使うと集中力はかなり使うが、詠唱しているときよりもイメージが劣っている分、魔力の減少率が低下しているので、魔力が枯渇することを恐れずに沢山使える。
今回は質よりも、どれだけ素早くかつ魔法を多く使えるかが大事になってくる戦いだから、無詠唱の方が効率がいい。
私が魔法を使うタイミング、そしてどこから魔法を使いどれだけ倒せるかをリーゼロッテはすぐに分析し、私の動きに合わせてレッドスライムをハバキリで斬る。
「お待たせしました!魔法を使うので私の後ろに下がってください!」
シルフの掛け声とともに私とリーゼロッテはシルフの後ろに下がる。シルフは私たちが後退したことを確認してから広域魔法を放つ。
「『ツオール・テンペスト』!」
シルフの広大な風魔法が、無数にいたレッドスライムをすべて囲むようにハリケーンを引き起こし切り刻んでいく。
10秒ほど経つとハリケーンは鳴りを潜め、先ほどで辺り一面赤く覆われていたが今は茶色の地面がはっきりと見える。少し待ってもレッドスライムが姿を見せることはなかったので、全て討伐することができたのだろう。
「大成功だよシルフ!」
私は、シルフとハイタッチをする。しかし、シルフは何か物足りなさそうな顔をしている。
「カノン、私頑張りましたよ」
「そうだね、お疲れ様」
「ご褒美が欲しいです」
なるほど、シルフはご褒美が欲しかったのか。具合が悪いことに私はシルフにプレゼントできるような物を持ち合わせていない。だからシルフの頭を撫でることにした。
「シルフ、ありがとう」
これでいいのかなと思いつつ、シルフの表情を見てみると非常に幸せそうな顔をしている。どうやら頭を撫でてあげることが最適解だったようだ。
「うふふ、頑張ったあとに頭を撫でられると疲れが癒されますね」
「ちょっとシルフ!?」
シルフは感極まったのか、突然私をギュッと抱きしめてくる。
「カノンもよく頑張りましたね、お疲れ様です」
「ありがとう、シルフ」
シルフが私に頭を撫でられて癒されるのと同じように、私もシルフに抱きしめられるとかなり疲れが取れる。私たちはきっと相性がいいのだろう。
だけど、私はまだ物足りなかった。なぜなら、アルカに褒められていないからだ。
私はアルカに目線を合わせて、褒めてアピールをしてみる。すると、アルカはしょうがないですねといいながらも身体ごと私の方へ向ける。
「お疲れ様です、花音」
「うん!アルカもお疲れ様!」
お互いに労いの言葉を送り終え、私はリーゼロッテにもお疲れさまと言おう思い声をかけようとしたが、先にリーゼロッテから私に話しかけてきた。
「すまないが、早く先へ進もう。一分一秒が惜しい」
リーゼロッテはそう言って、さっさと行ってしまった。
リーゼロッテの言葉には余裕がなく焦りのようなものを感じた。私たちは早歩きで進んでいくリーゼロッテの後を追いかけた。