勇者に勧誘されたのでお断りしました
興奮のあまり鼻血を出してしまった私ですが、何と悲しいことか。飛び散った血を浴びたくないのか、将又私のこの姿に引いてしまったのか、二人に距離を置かれてしまった。そしてあろことか、いつの間にか起き上がっていた歳が近いと思われる勇者に、その姿を見られてしまった。これでも花の乙女だからね!……恥ずかしいことこの上ない。
すると、勇者は表情一つ変えずに私の方へ少しずつ近づいてくる。何の目的で私に近づいてくるのか分からなかったので、取り敢えず右手で鼻を抑えながら観察していると。
「……大丈夫か?よければ」
とそっと差し出されたのは、風に吹かれればユラユラと揺れる白い物――ティッシュをだった。この人、優しいね!
「あ、ありがとう」
鼻を抑えながらだったので、一言目がどもってしまった。もう、穴があったら入りたいよ……。
それにしても、勇者はさっきから私のことをじっと見つめてくるな。私、そんなに鼻血出てる?
「あのさ、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「うん?うん、いいよ」
「君は勇者の一人なのか?」
勇者の一人?
ああ、そう言えばこの世界って勇者が何人もいるんだっけ?鼻血の話じゃなくって良かった。
「ううん、私は勇者じゃなくて普通の人間だよ?」
「……本当に?」
私は素直に答えただけなのに勇者は私の顔を、目を細めて見つめてくる。いやいや、そんな目をしてもだめだよ!?
普通?かどうかは分からないけれど、少なくとも勇者じゃないよ。服装だって勇者みたいに格好いい甲冑じゃなくて、前世で着てたボロボロの制服だし。
「逆に聞いちゃうけど、私は何に見えるの?」
「そうだな、何か特別な力を得た勇者に見えるよ」
「特別?どうしてそう思うの?」
「君が暗黒騎士と闘っているところを途中から見ていたんだ」
え、私が戦ってるときには起きてたの!?
助けに来てほしかったよー!すごく困ってたんだよ?
「本当は助けに入ろうと思ったんだ。でも、君と暗黒騎士の戦いが激しくて、割りいることすらできなかったよ」
「そんなに激しかったかな?」
「激しかったわよ!」
突然女の子の大きな声が聞こえたので、思わず身体をビクッとさせてしまった。どうやら声の主は勇者の近くにいた女の子だ。
「あなたの戦い方は普通の人間じゃないわよ!特に魔法ね!」
「ああ、初級魔法であんなに高威力を出すことができるなんて、流石に普通の人間とは言えない」
そう……なんだ。この世界に来てからまだ数時間しか経ってないから、正直に言って何が凄いのか自分自身よく分かっていない。でも、勇者がそう言うならきっとそうなんだろうね。自覚は無いけど。
さて、勇者のおかげで鼻血が収まったことだし、自己紹介ぐらいしないと失礼だよね。
「そう言えば自己紹介がまだだったよね。実は私、普通の人じゃないんだ」
「やっぱり!?いったい何者なの!?」
「荒野に咲く一輪の花、花音だよ」
「はぁ……」
「そして、月に一回ぐらい高威力の魔法が使える魔法少女です」
「そんなわけないでしょ!?そんな人間がいるなんて聞いたことないわよ!ていうか魔法少女って何!?」
「私のことだけど?」
「さも当たり前のように言わないでくれる!?ていうかキョーヤはキョーヤで納得したような顔をするんじゃないわよ!?あの子の行ってくることは全部出鱈目よ!?」
「そうなのか!?」
「全部じゃないよ!荒野に咲く一輪の……」
「もういいわよ!?」
ふむ、ここまでの会話で分かったことは、キョーヤと呼ばれた男の子は天然さんで、さっきから良い反応をしてくれる赤髪ツインテールの女の子はツッコみ役だということだ。……ツインテールの子は苦労しそうだな。
なんてことを分析していると、勇者パーティーのもう一人の女の子もこちらへやってきた。この子は青い髪が特徴的で、とても優しそうな雰囲気を放っている。
「ちょっと騒がしい」
「だって!?」
「だっても何もない。キョーヤもこんなうるさいのと一緒だと疲れるよね。これからは二人っきりで……」
「はっ!猫被ったやつと一緒なんてキョーヤが可哀そうよ。私だけで十分!」
「何?」
「何よ?」
「二人とも落ち着いて……」
「キョーヤ君。私お腹が空いたからそろそろアルカの所に戻っていい?」
「この状況でどこかに行くのかよ!?あっ、待って!?言葉が悪かったよ!助けて、いや助けてくださいお願いします」
「そうは言っても、事情を知らない私が仲裁に入っても被害が拡大するだけだよ?」
そいうことで、私は距離を置かれてしまった二人の元へ戻ろうしたんだけど。
「ま、待ってくれ!?助けてくれなくていいから、これだけは言わせてくれ!」
「うん?」
「カノンの力を貸してほしい。俺たちと一緒に魔王を討伐しに行かないか?」
「ごめんなさい、お断りします」
「すぐには結論はでないだろうけ……って、え?」
「いや、だから申し訳ないけど、お断りします」
「はぁ!?どうして断るのよ!魔王よ!?人間の敵なのよ!?」
「そうだよ、それに貴女ほどの力を魔王討伐に使わないなんてもったいないよ」
「ちょっと待って。誤解してほしくないんだけど、私だっていずれは魔王を倒しに行くよ?」
「じゃあどうして?」
「うーん、私にはやらなくちゃいけないことがあるんだ。だから、キョーヤ君だけじゃなくて誰に誘われても一緒には行けないんだ。誘ってくれたのにごめんね」
それに私がもしキョーヤ君のパーティーに加わったとしても、きっと足手まといになる。私はこの世界に来て日も浅いし、魔法だって威力はあるかもしれないけど素人に等しい。損の人が死と隣り合わせの戦場へ行ったら、確実に迷惑になる。それだけは避けたい。
それから、キョーヤ君は“勇者”だから最短で魔王を倒そうと頑張るんだと思う。だけど、私の旅は確実に最短で魔王を倒すルートにはならない。なぜなら私は精霊の加護を頂くために、遠回りをしてから魔王討伐を考えてるから一緒には行けない。
キョーヤ君は少し悩んだ様子で、時折口を開こうとしたり閉じたりしていた。
「……分かった、今回は大人しく引き下がるよ」
「いいの?キョーヤ?」
「ああ。道は違えど魔王を倒す志に違いはないからね。もし共闘することになったらよろしくな。そのときは今よりも絶対に強くなるから」
「ありがとう、キョーヤ君。私も今以上に強くなるよ!」
「それ以上強くなるのか……。それじゃあまた会おう。それから傷、治してくれてありがとう」
「ううん、助けるのは当たり前だよ。それじゃあね」
私は勇者御一行に手を振って見送る。そしたらツインテールの子はブスっとした顔で、青髪の子も微笑みながら手を振り返してくれた。
それから姿が見えなくなったのを確認してから、私はよろよろと歩きぎゅっとシルフに抱きつく。この抱き心地、至福だ。
「どうしたんですか急に?」
「ちょっと疲れちゃった。あとお腹が空きました」
「私もこの森へ来てから何も口にしていないのでお腹が空きました」
「そうだったのですか!?でしたらこの森で実った果実とお野菜をいただきましょうか」
「いいの!?やったー!」
私とアルカはシルフと妖精たちから野菜や果実を貰う。色鮮やかなそれらは大切に、そして丹精込めて育てられたものだと、素人の目でもはっきりと分かる。私は野菜や果実を育ててくれたこと、分けてもらえたことに感謝して、お腹いっぱい食べた。
空を見上げればいつのまにか星々が輝く夜になっていた。今日は驚きの連続で心も体も疲れていたみたいで、目を閉じればそのまま深い眠りについてしまった。
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次回は2月8日 08時00分に投稿します。